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 ブラジルGPでのRA108は、その前2戦と比べればかなりよかった。レースでは、納得のいくラップタイムを刻めたし、来季につながるいいパフォーマンスだった。ポイントは取れなかったけれど、シーズンの締めくくりとしてはよかったのではないかな。
その最終戦、出だしはあまりよくなかった。金曜日の最初のセッションで電気系統のトラブルが発生して、ガレージで過ごすことが多かったから。でも、なん とかリカバーして、予選までにはマシンのバランスもよくなった。1次予選では、ラップごとにタイムを縮めていたのだけれど、2度目のアタックのとき、4 コーナーでわずかなミスをしてしまい2次予選に進めなかった。結局17番手スタートだ。
レースでは、スタート直前に雨が降ってグリッドがとても滑りやすくなっていた。それでもいいスタートが切れて、1周目の終わりには14位まで順位を上げ た。その後、レースはタイヤの見極めの勝負になった。最初の課題は、乾いてきた路面に合わせていつドライタイヤに換えるのか。僕は7周目にピットに入っ た。そして63周目にまた雨が降り始めた。タイヤ交換が必要だ。ではどのレインタイヤにするか。僕らが選んだのはエクストリームウエット。豪雨を予想した からだ。でもそうはならず、3周後にまたピットインしてノーマルのウエットタイヤに取り換えた。このストップが響いて順位を下げてしまい13位でフィニッ シュとなった。
今季を最後に友人のデビッド・クルサードがF1を引退する。それで、レースの後もサンパウロに残り送別会をした。ヨーロッパへ戻ったのは月曜の夜だ。ここ数カ月、遠征続きだったから、モナコの自宅に戻れてホッとした。
さて、前回のコラムは日本GPまでだった。その後のことを話そう。レースの後、クルマで東京に向かい、2日ほどこの街を楽しんだ。Honda Racing F1 Teamに入ってからの6年間、何度も東京で過ごしてきたけれど、そのたびに新しい発見がある。今回は、友達の案内でまたいくつか新しい場所を見つけた。 中心街の小さなレストランで昼食をとったのだけれど、この地域をよく知っている地元の人と一緒でなければとても見つけられないような所だった。
富士の翌週には中国GPがあったから、10月15日水曜日には東京から上海へ飛んだ。その午後、少し泳いで、夕方からは英国のメディアと会食。黄浦江を見下ろす席でテーブルを囲みいろいろな話をした。リラックスした雰囲気で楽しい夜を過ごした。
しかし、上海でのレースは、あまり楽しいものではなかった。RA108はグリップ不足で、予選ではいいタイムが出せなかった。18番手からスタートし16位でフィニッシュ。がっかりだ。
上海に滞在中は、ホンダ中国のPRイベントがいくつかあった。2回目のイベントには、300人以上が集まっていた。聞かれた質問の内容からすると、中国 の人たちは、F1の難しい部分も理解し始めているようだ。F1にとってはうれしいことだ。浦東国際空港でも似たようなことがあった。ものすごい数のファン が、ドライバーのサインをもらおうと待ち構えていたのだ。
中国から英国に戻り、基金集めのイベントに参加した。10月22日水曜日、エルトン・ジョン・エイズ基金のイベントで、とても楽しかった。
その後モナコに戻り、トレーニングをしてブラジルでの最終戦に備えた。インテルラゴスは、今季3つしかない反時計回りのサーキットの中の1つだ。首の左側にはキツイ。だから、71周の激しいレースに首が耐えられるようがんばって鍛えた。
レースに向けて、火曜日にブラジルに入った。ヨーロッパ中央部とは時差が3時間しかないから、時差ぼけもなく、最初の夜からよく眠れた。今回、ここで僕 が最初に参加したのはインテルラゴスでのレースではない。水曜の夜、チームの皆とカートを楽しんだのだ。レースは、3ヒート25人で始まった。最終的には ルーベンスと僕の一騎打ちになり、ルーベンスの勝利。でもこれは、絶対、母国レースのアドバンテージだ!
最終戦でポイントを稼ぐことはできなかったけれど、ここでもチームとしてはいい仕事ができたし、RA108の性能を最大限引き出したと思う。2009年、もっといいマシンができればトップ争いに食い込めるはずだ。
最後に、新しくワールドチャンピオンになったルイス・ハミルトンにおめでとうと言いたい。でも、ルイス、気を抜くなよ。来年は僕もやるからな。

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 日本GPは、Honda Racing F1 Teamにとって残念な週末だった。日本のファンの前でいいパフォーマンスを見せたかったのに、RA108はスピード不足でいい成績を出すことができなかった。僕自身、レースではうまく走れたけれど、結果は14位だった。
まずスタートはよかった。第1コーナーまでに7つ順位を上げ、1周目の終わりには11位につけた。でもそれ以上は無理だった。ファーストスティントの早 い時期にタイヤがむけ始め、僕よりスピードのあるマシンを抑えて走ることができなかった。37周目にピットに入りプライム・タイヤを履くと、ハンドリング はかなりよくなった。でも時すでに遅し。このころには巻き返しのきかない順位となっていた。
チームにとって厳しい一月の締めくくりがこの富士スピードウェイだった。モンツァでは不本意な成績だったし、シンガポールではポイント圏内にあと1つと いう9位フィニッシュだった。でもめげずに、この後もプッシュし続けていかなければ。とにかく中国かブラジルで少しでも前向きな成績を取れば、来季に向け て弾みがつく。
レース以外のことを話そう。この一月、モナコの天候は最高で、相当な量のトレーニングをこなすことができた。イタリアGPから車でモナコまで戻ってきて、その翌週はほとんどずっと自転車で丘を走り回って過ごした。最高の気分だったな。体も絶好調だった。
それから9月19日の金曜日、ブラックリーにあるチームの本社に行った。エンジニアと会議をしてから、シミュレーターでシンガポールのマリーナ・ベイ・ サーキットについて研究した。シミュレーターでの感触では、シンガポールはすごく遅くてバンピーなコースのようだった。モナコよりも遅いんじゃないのか な。一周に1分42秒かかっていたから、とても長いコースだと感じた。
ファクトリーからロンドンに向かい、友人や家族と週末を過ごした。そして9月22日にシンガポールへ。飛行機は、火曜の朝にシンガポールの首都に到着し た。おかげで、GPウイークエンドが始まる前に、少し観光することができた。植民地時代の華やかさがしのばれるラッフルズ・ホテルや、世界一高い展望台の シンガポール・フライヤーを見た。さらに、ホテルにチェックインする前に、初めてマリーナ・ベイ・サーキットを歩いてみた。
このコースの第一印象はよかった。2000ワットの照明は思ったより明るくて、何色のカラーバイザーを使おうか迷ってしまった。当初は、全てを明るく見せるオレンジを使うことにしていたのだけれど、そこまでする必要はないということがはっきりしたからだ。
シンガポールでの目新しさは、夜に走ることだけではなかった。全てのプラクティス・セッションが夜に行われ、レースは現地時間の午後8時スタート。その ため、僕はこの週末ずっとヨーロッパの時間帯で過ごすことにした。つまり、朝食を午後の3時に食べ、午後7時に昼食、午前2時に夕食。就寝は午前4時。ま るで学生みたいだ。最初はかなり混乱したけれど、すぐに慣れて、必要なときにフレッシュな気分になることができた。
シンガポールのころ、マシンのパフォーマンスは期待していたほどよくはなかった。バレンシアで金曜セッションに3番手のタイムを出したときと同じくらい のマシンになるかなと思っていたけれど、そうはいかなかった。バンプが思ったよりひどくてマシンがぐらついた。予選は12位でレースは9位。ただよかった のは、このGPについてたくさんのメディアが好意的な報道をしていたこと。F1としては成功だ。
このレースを終えて、デビッド・クルサードやほかのたくさんのドライバーたちと一緒にアンバー・ラウンジで楽しんだ。面白かったのは、このGP中一番早 く寝た日がこの最終日だったことだ。僕は、翌日にはモナコに飛んで、週の残りはトレーニングに明け暮れた。最初にも書いたけれど、モナコの天気は最高だっ たから、外でのトレーニングをたっぷりこなしサイクリングもできた。
10月4日土曜日に日本へと飛び立ち、日曜の朝、東京に着いた。そのまま、お台場で開かれていたモータースポーツ・ジャパン 2008へ直行だ。このイベントにはなるべく毎年参加するようにしている。すごく楽しいし、日本のファンと触れ合えるチャンスだから。この日はものすごい 数の人が集まっていた。2日間で14万人のファンが来てくれたそうだ。僕は、今年のRA108を駐車場の周りで走らせた。危険だからあまり速く走りたくな いと思って、すごいドーナッツをやった。僕の最高タイムは15秒。見ていた人たちも楽しんでくれたはずだ。といっても、タイヤの煙がひどくて周りの様子は 全く見えなかったけれど。
日本GP前の木曜日まで東京に残った。ここは、世界の中でも好きな都市のひとつだ。きれいだし、いつも泊まるホテルがすばらしい。部屋からの眺めがよくて、おいしいレストランがある。
その後の仕事は10月7日火曜日。恒例の日本GP直前の記者会見だった。ルーベンス・バリチェロ、ロス・ブラウン、ニック・フライと僕が出席した。公式会見が終わったあと、待っていてくれたファンにできるだけ多く接してきた。
それから、木曜の朝には富士スピードウェイまで100㎞の道のりをドライブした。チームの母国レースでもあり、サーキット以外でもPR活動が山積みだっ た。この週末は毎日Hondaのスタンドに顔を出し、レースを観に来ていたHondaの福井社長にも会った。よいパフォーマンスを見せることができなく て、サーキットに来てくれた皆さんに申し訳なく思っている。
富士スピードウェイでの日本GPは絶景だ。背景に富士山がそびえている。でも、僕としては来年、鈴鹿サーキットに戻れるのを今から楽しみにしている。鈴鹿は世界屈指のサーキットで、何といっても高速コーナーが多い。あそこでF1マシンを走らせるのはスリル満点だ。
でも、来年のことを考える前に、まだ2008年が2戦残っている。次は上海での中国GP。去年は5位でフィニッシュした。今年も同じ成績を取るというのは難しいと思うけれど、とにかく全力を尽くして戦うつもりだ。

 スパ・フランコルシャンは好きなサーキットの1つ だ。でも今年のベルギーGPは思い出したくないレースになってしまった。僕のRA108は、ミディアム・ダウンフォースの構成だと今ひとつパフォーマンス がよくなかった。それでGPの期間中ずっとグリップ不足に悩まされた。
金曜フリー走行の時、空力とサスペンションのセッティングを修正することにした。土曜朝のフリー走行に間に合うように、金曜は夜遅くまで作業した。デー タを分析し、一歩でも前進するように一番いい方法を考えた。でもその努力の結晶を、セッションで試すことができなかった。ピットから出て最初の周に燃料圧 のトラブルでストップしてしまったからだ。
それで、1度も試していないセットアップで予選を走ることになった。そういうことを考えると、チームメートのルーベンス・バリチェロより遅れはしたけれ ど、その差が0.1秒以内だったから、その点では喜んでもよかったのかもしれない。しかしそうはいっても、2台とも1次予選を突破できなかったのだから、 チームにとっては残念だった。
レースはずぶ濡れのコンディション。グリッドでトラクションを得るのはかなり難しかった。さらに、第1コーナーの固まりに引っかかってしまい、勢いがそ がれた。僕は1ストップ作戦だった。だから序盤はマシンがひどく重くて、ほかの2ストップで燃料の軽いマシンを追い抜くのはきつかった。
第1スティントの間、アンダーステアがひどかったので、22周目に唯一予定されていたピットストップで、フロントウイングを立てた。でもそのため、レー スの後半はオーバーステアに悩まされることになった。特にあと3周というところで雨が降り始めてからがひどかった。クラッシュのリスクを負ってそのまま走 るのは意味がなかったから、最後から2周目でピットに入ってウエットタイヤを履き、15位でフィニッシュした。
8月は出だしがよかったのに残念な締めくくりとなってしまった。
ハンガリーGPでは新しいリアサスペンションのおかげで、マシンのバランスがよくなり運転しやすくなった。3週間のブレイク期間中、エンジニアたちがマ シンを大幅に進化させてくれた。だから、次のバレンシアには、少しは前進できるだろうと自信を持って臨んだ。金曜午後のフリー走行ではその通りの走りがで きて、僕は3番手のタイムをたたき出した。
バレンシアはたいていの人が予想していたよりスピードのあるサーキットだった。そのため、セットアップが決めづらかった。スローコーナーではダウン フォースが欲しいが、13秒のバックストレートや最終セクターに続くS字の連続では、あまりダウンフォースが強いとスピードが思うように出せない。
残念なことに、予選では、フリー走行のような走りができなかった。一番大きな原因は、オプションタイヤでグリップがなかったこと。硬いタイヤだとバランスがよかったのだが、柔らかいのを履いた途端それが悪くなった。それで、グリッドでは16番手となった。
バレンシアは走りやすいけれど、オーバーテイクは難しい。原因の1つはオフラインのタイヤかすだ。このせいで滑りやすく、追い抜くのが難しい。何とか13位でフィニッシュした。
バレンシアのあとの水曜、僕はシビック ハイブリッドを運転してモンツァまで行った。木曜と金曜にテストがあったからだ。このサーキット用にダウンフォースの低い空力パッケージを開発するという ことで、重要なテストだった。さらに、9月14日のイタリアGP前にセッティングを完成させておかなければならなかった。
モンツァは超高速のサーキットだ。走っていて気持ちが湧き立つ。低いダウンフォースのセッティングでピットから出たら、最初の周回から、マシンの感触が こんなにも違うものかと信じられない気分になる。地面に押さえつけるダウンフォースがないと、車体があちこちに動く。それにアクセルの加速のよさも感じ る。
テストでは、1度も軽い燃料で走らなかったから、ほかのチームと比べて僕らがどのくらいの位置にいるのかは分からない。イタリアGPでポイントを稼ぐの は相当厳しいだろう。しかし去年も同じようなことを言っていて8位になったからね。どうなるにせよ、スパよりはいい走りが見せられると思う。
モンツァのテストが終わると、車でモナコに戻った。その週末はトレーニングとベルギーGPに向けた準備。それからレースのため水曜にスパへ飛んだ。南フランスより気温が10℃も低かった。
ヨーロッパ・ラウンドはモンツァで終わる。F1はその後3レースをアジアで開催する。そのうち、Honda Racing F1 Teamにとってのハイライトは、10月12日の日本GPだ。このダイアリーを読んでくれている皆さんとサーキットで会えるのを楽しみにしているよ。

 Honda Racing F1 Teamは、ここまでやってきたことに満足感を持って3週間のサマー・ブレイクに入ることができる。ハンガリーGPでは、アップグレードしたパーツをいく つか導入し、パフォーマンスが、少しだが確実に前進した。僕も中盤集団でいい戦いができたと思う。
ハンガリーGPの10日前、僕らはヘレスで新しいパーツをテストした。試してみてすぐに、進化を実感した。新しいリアサスペンションのおかげで、コー ナーの入り口での安定感がよくなった。僕のドライビングスタイルに合って、長距離でも安定したラップタイムを刻むことができた。
ハンガロリンクでは、1周でのペースが速くなった。周回を重ねるごとにRA108のバランスがよくなり、予選12番グリッド。5月のモナコGP以来の好 順位だ。ファステストラップを刻んだときには、ブリヂストンのプライムタイヤを履いていた。これはうちのチームに限ったことではない。多くのチームが、こ の硬めのタイヤの方がうまくバランスを割り出すことができていたようだ。
僕は、サーキットのイン側からのスタート。オフラインがものすごく汚れていたから、明らかにアウトよりインの方が不利だ。信号が変わったとき、タイヤが 余分に空回りしてしまって、第1コーナーの混雑に閉じ込められてしまった。1周目の最後には、チームメートのルーベンス・バリチェロの後ろ、14位に順位 を落としていた。
3周目に入ったところでルーベンスを抜いた。そしてすぐにニック・ハイドフェルド(BMWザウバー)をとらえた。ニックは1ストップの予定だった。この 周回、曲がりくねった中盤では僕のほうが速かったけれど、最後の2つのコーナーでは彼のスピードが勝っていた。そのせいで、僕はピットストレートで抜くこ とができなかったわけだ。イライラさせられたけれど、それでもレッドブルのマーク・ウェーバーよりわずか0.2秒遅いだけのラップタイムを刻むことができ た。
結局、スタートと同じ12位でフィニッシュした。ハイドフェルドにひっかからなければ、デビッド・クルサード(レッドブル)を追い詰めるところまでは行 けたはず。その点では今後に向けて好感触がつかめた。この週は、サーキットの中でも外でもすごく忙しかったけれど、まずまずの締めくくりができたと思う。
前回のコラムはシルバーストーンでの英国GPの後で終わっていた。あれから、僕はモナコの自宅に戻り何日か過ごして、7月9日水曜日にフランクフルトへ と飛んだ。翌日はホッケンハイムでテストだった。ホッケンハイムは、カーブがいい感じでミックスされていてオーバーテイクしやすい。僕の好きなサーキット だ。テストの大半はタイヤの比較に費やした。ホッケンハイムのアスファルトはタイヤを磨耗させやすいから、対策を講じておかないと大変なことになる。
翌日は英国へ。フェアフォード空軍基地で開催されるはずだったロイヤル・インターナショナル・エアタトゥーで、ブリヂストンのブースに行く予定だったの だけれど、天候が急に崩れたため土壇場でイベントがキャンセルとなってしまった。おかげでグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードには早く到着し た。
僕はこのフェスティバルに2000年から毎年参加している。すばらしいイベントだ。今年は自分のモーターホームに友達を呼んで泊まった。面白かった。土 曜の夜には正装パーティがあり、KTタンストールの生演奏を聴くことができた。そして日曜にはつなぎを着てRA108に乗り、0.72㎞の上り坂を走らせ た。これは、観客を楽しませるものであって、タイムを競うものではない。スタートの瞬間、これまでF1マシンに乗ってきた中で最高のバーンアウトができ た。静止したままリアタイヤを6秒スピンさせ、ギアを3速に入れて飛び出した。その場にいた人、僕も含めてみんなが楽しめたと思う!
ほかに、Hondaのクエスチョン・オブ・モータースポーツ(クイズ大会)にも二輪の伝説的ライダー、トミー・ロブたちと一緒に出席し、サインをしたり ファンと話をしたりして過ごした。グッドウッドが盛り上がるのもそうしたファンのおかげだ。その後、2日ほどモナコでトレーニングし、7月16日水曜日、 ドイツGPに向けてドイツへと向かった。
ホッケンハイムに入る前、Hondaのシビック・ハイブリッドをメインにしたPRイベントに参加した。これは面白いイベントだった。僕は、この車を買っ た人たちと会い、一緒にどうやったら経済的に運転できるかというアドバイスを受けた。ほかの人たちが環境問題に対してどう考えているのかが分かったし、彼 らが経済的な運転をするのをサポートしたりして、有意義なイベントだった。
木曜の夜は、抽選で当たった人たちをシビック TYPE Rに乗せて、ホッケンハイムの周りを走った。楽しかった。それが終わったら、いよいよ本番に向けて仕事開始だ。予選はうまくいって14位につけた。しか し、レースではそうはいかなかった。37周にセーフティカーが入ったのが悪かった。僕は、ティモ(グロック、トヨタ)がピットストレートで壁にぶつかった のとまさに同時にピットインしていた。そのため、再スタートまでレースのトップを抜くことができず、周回遅れとなってしまって、結局17位でフィニッシュ だった。
その夜モナコに戻り、木曜日にヘレスでのテスト最終日に合流。アップグレードしたRA108を走らせた。ハンガリーに持ち込む新しいパーツの感覚を確か めるのはこれが初めてだったけれど、すぐに進化しているという手ごたえを感じた。98周をこなしてみて、ハンガロリンクへの期待が高まった。
ハンガリーに入る前には、英国で、学生時代の友達何人かとバース・トライアスロンに出場した。本当は、6月のウィンザーと同じくオリンピックディスタン スに挑戦したかったのだけれど、ヒザに違和感があったので、短いレースにした。スイムと自転車はうまくいった。ランでは本来の走りはできなかったけれど、 結局157人中15位でフィニッシュできた。このトライアスロンのあと、ウィンザー・グレート・パークのカルティエ・インターナショナル・ポロ・トーナメ ントを少しのぞいて友達に会った。それからモナコに戻り、ブダペストへ発った。
今は、南フランスで過ごしている。サマー・ブレイクの前半はここにいて、それから、チームの本拠地ブラックリーを訪ね、8月24日のヨーロッパGPに備 えるつもりだ。シミュレーターを走らせて、バレンシアの新しいコースについてできるだけの情報を集める。ストリートコースは大好きだから、レースの日が待 ち遠しいよ。

 マニクールとシルバーストーンはどちらも残念な結果に終わってしまった。フランスでは、1周目にセバスチャン・ブルデーとの衝突でリタイア。英国では、レース中盤、路面状態が最悪だったときにスリップし、グラベルに突っ込んでしまった。
レースの事故は、よくスタート直後に起こるといわれる。ブルデーとの事故もまさにそうだった。僕のせいでも、セバスチャンのせいでもないから、これは仕 方がないかもしれない。でも、母国レースのシルバーストーンで完走できなかったのは悔いが残る。雨の中、RA108はいいペースで走っていたし、リタイア 直前には、エクストリームウエットのタイヤで絶好調の走りをしていた。
あのスリップより2周前、僕はほかのマシンより1周3秒速いペースで快走していた。無理にプッシュしている感じもなかった。でも39周目、ブリッジコー ナーに入ったところで、小さな水溜りを踏んでしまってスリップし、グラベルに突っ込んだ。あれがなければ、ルーベンス(バリチェロ)と同じようにポイント 圏内でフィニッシュできたはずだ。でも、ルーベンスが3位に入ったことで、Honda Racing F1 Teamでは皆ががぜん、活気づいた。
先月の好成績を挙げるとすれば、それはウィンザー・トライアスロンだ。初めてのオリンピック・ディスタンス(スイム1500m、バイク43km、ラン 10km)で、1700人中117位に入った。これはうれしかった。テムズ川でのスイムでは、90位につけていた。バイクもまずまずの出来だったけれど、 その次のランがあまり得意ではなかった。それでも、2時間22分でゴールできたので満足だ。
トライアスロンは楽しい。僕がこの競技に参加するのは、パフォーマンスに他人の影響を受けないからだ。その日の出来が悪ければ、自分の力が足りなかった ということ。ごくシンプルだ。それと、3種目はどれも精神的、体力的に厳しい。それをトレーニングすることで、ドライバーとして強くなれる。次は、7月 27日に英国バースで開かれる大会に出場する。
ウィンザー・トライアスロンの翌日はモナコに戻った。フランスGPに向けて軽いトレーニングをし、筋肉のこわばった部分をすべてほぐしておいた。マニ クールのレースは楽しみだった。あそこは路面がスムーズだから、モナコやモントリオールのようなバンピーなサーキットよりRA108に合っているだろうと 思ったからだ。実際その通りだった。ただ、バランスはよかったのだけれど、スピードが上がらず、結局予選では中盤の後方に沈んでしまった。
レースでリタイアしたあと、英国に飛んだ。シルバーストーンでのテストに2日間参加するためだ。テストの前日は、ブラックリーのファクトリーを訪ねた。マシンに新しく導入したアップグレードについて話し合い、レースのときに会えないファクトリーのスタッフと会えた。
テストでは、新しいパーツを導入してパフォーマンスがグッとよくなった。特に、ノーズを新しくしたことで、ドラッグへの影響はないままダウンフォースが 増えた。ただし、F1の進化には、相互関係が無視できない。ほかのチームも同じように開発を進めているわけだから、英国GPでほかのマシンと比べてみなけ れば何とも言えないということは分かっていた。
シルバーストーンでのテスト3日目と4日目はルーベンスの担当だった。だから、僕は週末にはモナコに戻った。この時期、南フランスの天気は最高だ。何度か自転車で海岸アルプスを走った。
GP前の水曜日に英国に戻った。そこで、グレート・オーモンド・ストリート病院の子供たちのためのF1チャリティパーティに出席した。翌朝、車でシル バーストーンに向かった。午前中はFIAの記者会見に出て、英国GPで使うヘルメットのデザインを発表した。このデザインは、僕のウェブサイト(www.jensonbutton.com)でヘルメットのカラーデザインを公募し、その中から選ばれたものだ。このヘルメットは、オークションにかけ、収益を僕が支援しているメイク・ア・ウィッシュ基金に寄付することにしている。
英国GPでは、金曜午後のプラクティスで7番手につけるなど、いい感じでスタートした。プラクティスでほかのチームがどんな動きをしていたのかは分からないけれど、荒れ模様の天気の中、僕らのマシンはいい感じだった。
でも、予選はあまりうまくいかなかった。一次予選で少し雨が降ってきたことも、RA108にとってはよくなかった。雨のせいで路面温度が急に下がり、最 終ラップのスタートでフロントタイヤがなかなか温まらなくて、結局、0.2秒差でQ2に進むことができなかった。はじめに書いた通り、レースは残念な結果 に終わった。でも暗い思い出ではない。F1アフターショー・パーティでファンから大歓迎を受けたりして、楽しいこともたくさんあった。
それから、2日間モナコで過ごし、水曜にホッケンハイムに入った。そして、このサーキットでのドイツGP前テスト最終日に合流した。それから来週末は英国に戻ってグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに参加する。忙しい時期だ!
 モナコとモントリオールは事故の多いGPだった。僕はどちらのレースでもポイントが取れなかった。がっかりだ。
モナコでは、自信を持ってRA108に乗り込んだ。マシンは、ウエットでもドライでも安定していた。ただ、Q2の最後でイエローフラッグが出ていたのは 誤算だった。あれがなければ予選でトップ10に入っていたはずだ。結局11番手からのスタートだったけれど、それでもポイント圏内でのフィニッシュは狙え る位置だった。それなのに、1周目でいきなりニック・ハイドフェルトとぶつかり、すぐにピットストップしなければならなくなった。ここで全てがおかしく なってしまった。
モントリオールは、まさにその逆。ダウンフォースの低い新しい空力パッケージにしたら、週末ずっとグリップに苦しんだ。フリー走行では、いろいろなセッ トアップを試した。挙げ句の果てに、予選のスタートで3速ギアにトラブルが発生。Q2でとれたタイムはたった一度で、しかもすごく遅いものだった。
レース前にギアボックスを交換して、ピットスタートを選択した。その方が、サスペンションやウイングを思い通りに調整できる。それで、最後尾からスター トしたけれど、53周目に最後のピットストップをする前には7位まで順位を上げていた。ピットを出たときは11番手。そのままの位置でフィニッシュとなっ た。
明るい材料は、レースの時にバランスがよくなっていたことかな。ただ、カナダGPでのようなトラブルを繰り返さないために、これからフランスGPまで、たくさんのことを分析しなければならない。
レース以外でも忙しいひと月だった。5月11日、トルコGPが終わってほぼ直行のような形で、ポールリカールでのテストに向かった。2日間のテストで は、モナコとモントリオールに合わせたダウンフォースを試した。初日は順調だったけれど、2日目は、マシンを低いダウンフォースの構造にしてテストするは ずだったのに、雨で流れてしまった。そのせいで、カナダGPに向けた準備が進まなかった。
ポールリカールから、今度はジュネーブへ。Hondaがヨーロッパで発売するHondaJetの発表があったからだ。実のところ僕は、プライベート ジェットでの移動はあまり好きではない。でもスケジュールの都合でどうしても乗らなければならないことがある。そういうこともあって、2012年に HondaJetの生産が始まったら、僕はヨーロッパでの顧客第一号になると思う。
話を戻そう。ジュネーブからモナコに帰り、モナコGPに向けて準備を始めた。相当な量のトレーニングをこなし、エンジニアたちとは何度も電話で打ち合わ せをした。そうこうしている間に、1966 Honda S600コンバーチブルが納車された。ルックスのいい小型車で、天気のいい日にモナコを周るのにはうってつけだ。
モナコでのレースについては最初に触れたけれど、ここで、このGP期間中、金曜の夜に行われたアンバー・ファッションショーについても話しておこう。僕 は、他の6人のF1ドライバーと一緒にこのショーのモデルを務めた。収益は、エルトン・ジョン・エイズ基金に寄付された。すごく楽しかった。
レースの後、何日かモナコに残り、友人とトレーニングをした。そしてその後、ロサンゼルスへ。モンドリアン・ホテルに泊まり、旧い仲間に会った。最高のひと時を過ごし、6月1日の日曜日にモントリオールへ移動した。
カナダGPは好きなレースだ。それは、熱狂的な地元レースファンが多いから。僕らを心から大歓迎してくれる。サーキットも街中もすばらしい雰囲気だ。それに、夜、食事に出かけるのにいい店がたくさんある。
この週末は、Hondaがレースの公式スポンサーになっていたため、PRの仕事が山積みだった。水曜日は、ニック(フライ/ホンダ・レーシングF1チー ム代表)と一緒に地元の小学校を訪問し、チームの「earthdreams」プロジェクトで展開しているCAC(クリーン・エア・チャンピオンズ)を紹介 した。木曜日には、ルーベンス(バリチェロ)と、モントリオール市街のクレシェント・ストリート・フェスティバルの開会式に出席した。
こうしたPRの仕事やサーキットでの活動の合間に、何とか時間を作って、6月15日の日曜に行われるウインザー・トライアスロンに向けたトレーニングも した。療法士のマイクと2人、自転車を借りて町の近くの丘をいい感じで走った。それと、ウエットスーツを着込み、F1パドック裏の街路に沿って2キロの距 離を泳いだ。きつかったし、水もあまりきれいではなかったけれど、英国のテムズ川での大会にはちょうどいい練習になった。
この大会の参加者にはセミ・プロが多いから、僕の目標はトップから1割以内に入ること。僕のスケジュールではトレーニングの量も限られる。この目標が達成できれば満足だ。
そしていよいよマニクールのフランスGPとなる。あそこは速くて流れるようなサーキット。僕は、これまでに何度かいい成績を挙げている。今回もいい走りをして、是非ポイントを取りたい。
 トルコGPは、Honda Racing F1 Teamにとって少しがっかりだった。バルセロナで3ポイントを取って、更にポイントを重ねようと乗り込んだイスタンブールだったけれど、いろいろな理由でそれができなかった。
イスタンブールパークでパフォーマンスがよくなかったのは、柔らかいオプションタイヤが原因だった。軽い燃料にそれをうまく合わせることができなくて、 プライムタイヤで予選に出なければならなかった。これではいいグリッド順は望めない。13番手だった。今年、中盤の集団はものすごい接戦だから、今回の僕 のように予選順位が悪いと、レースも期待できない。結局日曜は、11位フィニッシュ。仕方ないと思うしかなかった。
トルコでは今ひとつだったけれど、4月はチームにとってとてもポジティブな一月だった。全員が一致団結して作業にあたり、RA108のパフォーマンス改 善に成功した。特に、新しい空力パッケージの導入が大きい。サーキット・デ・カタルーニャでの今季初ポイントもあり、チームの士気がグッと高まった。
バーレーンGPとスペインGPの間は3週間開いた。最初の週はモナコの自宅で過ごした。この夏はいろいろなトライアスロンの大会に出る予定だから、その ための準備をした。自転車で、過酷なマドンナでヒルクライムをしたり、モナコのオリンピックプールで泳いだり、ビーチサイドを走ったり。そのおかげで、こ の週の終わりには体力がみなぎり、トライアスロンとF1に向けて準備万端だった。
2週目の初めには、いくつかPRの仕事をこなした。英国の雑誌のインタビューと撮影もそのうちの1つ。最高の天気だったから、いい記事になるといいと思う。それからバルセロナへ行き、レース前のテスト。RA108の新しい空力パッケージを試すことになっていた。
でも残念なことに、僕が走る予定になっていた日、突然雨が激しく降り出した。結局、乾いた路面で走れたのは、午後遅くになって1度だけ。しかもその間、 バランスがよくなかったから、新しい空力パッケージについてもあまり感触をつかめなかった。あとはもう、翌週の最初のフリー走行で作業を始めるしかなかっ た。
テストのあと、英国に行き、トライアスロンに出場した。252人中、16位でフィニッシュ。大満足だ。トップの選手たちはみんな、セミプロのトライアス リートだし、何より大会に出る目的は、レースのためにコンディションを保つことなのだから。コースは、特にバイクセクションが、思っていたより起伏が激し くきつかった。
レース前の月曜にはバルセロナに飛んだ。そこで療法士と3日間のトレーニング。いい感じでセッションがこなせて、木曜日にはサーキット・デ・カタルーニャに乗り込んだ。
前週のテストが雨で流れたから、金曜のプラクティスではマシンについてやらなければならないことが山積みだった。かなりの周回数をこなしたけれど、 RA108のバランスを思い通りにすることができず、予選になっても解消しなかった。そのため、バーレーンの最終予選のような走りはできず、13番手。厳 しいレースになりそうな予感だった。
でもレースが進むにつれ、ハンドリングがよくなっていった。2度目のピットストップでは、フロントウイングを調整したけれどいいバランスを保てたから、 その後、このレースで5番手となるラップタイムも出せた。そして結果は6位。チームにとって今季初ポイントだ。スタッフはみんな、冬からここまでずっとが んばってきたから、この結果には大喜び。とても勇気付けられた。
このあと、全てのF1貨物がバルセロナからイスタンブールまで船で海上輸送された。つまり、トルコまではテストがないということ。僕はモナコに戻り、3 日間トレーニングをし、英国のウィンザーへ。6月にここで開かれるロイヤル・ウィンザー・トライアスロンに出場するため、実際のコースでトレーニングする ことにしたのだ。ウィンザーは、オリンピックディスタンスのトライアスロンで、僕が経験してきたどのレースより各種目の距離が長い。スイムが1500メー トル、バイクが40キロ、ランが10キロだ。今回の試走では、スイムはパスした。大会のスイムではテムズ川を泳ぐのだけれど、あの川に入るのは、どうして も必要な場合だけにしたいからね。自転車とランニングは実際のコースでやってみた。大会前の準備としては有益だったと思う。
スペインとトルコの間の週末、ウクライナのキエフに向かった。そこで友人の30歳の誕生日を祝った。長い付き合いの仲間が何人かキエフに住んでいて、彼 らと一緒に出かけたり観光をしたり、すごく面白かった。そのあと、レース前の水曜日にイスタンブールへ向かい、トルコ・ゲブゼのセケルピナールにある Hondaの工場を訪ねた。スタッフと会い、稼動している製造ラインを見せてもらって、イスタンブールに戻りGPに向けた準備を始めた。
トルコでのレースは期待通りの結果が出せなかったけれど、今はもうモナコGPに気持ちを切り替えて集中している。次のレースでは返り咲きたい。

 バーレーンは9番グリッドからのスタート。僕もチームもかなり期待を持っていた。その週末、マシンのバランスがうまく改良できていたから、いい成績が狙えると確信していたんだ。
スタートもうまくいって、第1コーナーでは8位につけた。でもそこで、上位に食い込む希望は断たれた。フェルナンド・アロンソ(ルノー)のフロントウイ ングが僕の右のリアタイヤに当たったからだ。徐々に空気が抜けてしまった。すぐには気付かず、第5カーブまで行ったところで、ハンドリングが最悪になっ た。それで、この周の最後にピットインして、新しいタイヤに履き替えた。そのあとも起死回生を狙って必死に走ったけれど、21周目にデビッド・クルサード (レッドブル)と衝突してリタイアとなってしまった。
結局完走はできなかった。でも、バーレーン・インターナショナル・サーキットからは、たくさんの好材料を持ち帰ることができた。RA108はハンドリン グがよく、今季初めて最終予選まで残ることができた。レースでは、あの不運な出来事のせいでオープニングラップの最後にタイヤ交換のピットストップをしな ければならなかったけれど、そのあとはかなりのラップタイムを刻めた。
最新の空力パッケージについては、メルボルンまでにほんのわずかしかテストができなかった。でも、そのあと、レースごとに大きく進歩しているのを感じ る。それがすごくうれしい。アルバート・パークで走らせたマシンは、その前の週にやっとヘレスでテストにこぎつけたような状態だった。限られた時間の中 で、みんなとてもよくやってくれている。
その、ヘレスでのテストのあと、僕は東京に飛んで、毎年恒例のプレシーズン記者会見に出席した。それからGP週の火曜日にオーストラリアに着いた。メルボルンは、シーズンの開幕には絶好の土地だと思う。天気はいいし、国際的な都市だ。
現地入りした翌日、セント・キルダのビーチに向かった。毎年、開幕前に、チームと各国のメディアが一堂に会するイベントがある。会場はストークハウスと いうレストラン。ウインターブレークが明けて、ジャーナリストたちとまた顔を合わせることができてよかった。ポート・フィリップ湾に太陽が沈むのを眺めた りして楽しく過ごせた。
木曜の朝は、ルーベンス(バリチェロ)とニック(フライ)と、メルボルンのライトハウス基金を訪ねた。この基金はホームレスの子どもたちを支援してい る。そうした団体に10万オーストラリアドルの小切手を手渡すことができて光栄に思う。半分はearthdreamsから、もう半分はホンダオーストラリ アからだ。
オーストラリアGPでは予選12番手。レースが始まる前までは、各チームの中で自分たちがどの位置にいるか分からなかったけれど、予選のこの結果で、RA108がしっかりした基盤を持っていることを確認できたわけだ。
ただ、残念なことに予選のペースをレースで発揮することができなかった。第1コーナーで、セバスチャン・フェテルのアクシデントに巻き込まれてしまったからだ。でもルーベンスがレース中ほとんどずっとポイント圏内で走れたことで、チームは活気付いた。
レース翌日は、ホンダオーストラリアのPRイベントで、フレミントン競馬場に行った。ここでは毎年11月にメルボルンカップが開かれる。その日のイベン トは、オーストラリアで新しくHondaのアコードが発売されるのを記念したものだった。僕は、仮設コースでアコードをドライブした。楽しかったよ。この アコードは前輪駆動だけれど、運転していてそういう感じが全くなかった。Hondaの技術はすごい。
メルボルンはものすごく暑かったから、マレーシアGPの準備にはもってこいだった。GP週の火曜日にクアラルンプールに着き、金曜日にサーキット入りしたときには、完ぺきに、暑さにも湿度にも慣れていた。
ここでも、トップ10のわずか後ろという予選結果には満足だった。レースでも、マシンはかなりいいパフォーマンスをしてくれた。結果は10位だったけれ ど、それ以上に、レース中にデータを集められたことが大きかった。そのおかげでバーレーンGPに向けてセットアップを改良することができたから。
セパンとバーレーンの間は2週間。家に帰るドライバーもいたが、僕はドバイ行きを選んだ。天気がいいと分かっていたからだ。3月の終わりのモナコでは、好天は保証できない。それに、早目に入れば気候や時差にも慣れることができる。
療法士のマイク・コリアと一緒に、9日間連続でトレーニングができたのはよかった。でも、トレーニングばかりしていたわけではないんだ。3月29日土曜日には、競馬のドバイ・ワールドカップを見に行った。世界最高額の賞金がかかるレースだ。すばらしいひとときだった。
レース前の水曜日、バーレーンに入り、直接バーレーン・インターナショナルサーキットに向かった。だから残念なことに、ドゥラ・アル・バハレーンの建設 の様子を見ることができなかった。その人工島に、僕は家を持つことになっている。あと2カ月ほどで完成するらしい。この目で見る日が待ち遠しいよ。
GP中の宿は、リッツ・カールトン。すばらしいホテルだった。さすが「ペルシャ湾唯一の5つ星高級ホテル」と謳っているだけある。部屋も食べ物も最高。 特にプラムスというレストランでまた食事ができたのがうれしかった。何しろあそこの神戸牛は、この世のものとは思えないおいしさだから。
バーレーンから次のヨーロッパラウンドまでは、3週間ある。僕は、今週はモナコで過ごし、療法士のマイクとトレーナーのマイルス・ジョンソンと一緒にトレーニングざんまい。次の週にはバルセロナに飛んで、4日間のテスト。そこで新しい空力パーツを試す予定だ。
新しい空力パーツがどのくらい進化しているのかはまだ何とも言えないけれど、チームのエンジニアやデザイナーは、正しい方向性で進化していると自信を持っている。
応援してくれてありがとう。次にこのコラムを書くまでに、ポイントが手に入っているといいな。

 ホンダ・レーシング・F1・チームは、2008年シーズンに向け、全力で準備してきた。1月終わりのシェイクダウン以来、毎週のようにRA108をテス ト。メルボルンの前の週には、ヘレスでプライベートテストも行い、開幕戦を前に空力パッケージがさらに向上した。着実に力をつけている。
シェイクダウンしてからずっと開発を重ねてきたけれど、次々にやらなければならないことが出てくるのがF1だ。どのチームもそれは同じ。RA108は、 ドライバビリティも信頼性も全体的なパフォーマンスも良くなったけれど、もちろんそれで満足なんてしていられない。ブラックリーでの新車発表でも言ったよ うに、今年は、レースのたびに進化していきたいと思っている。
前回のコラムを書いてから、チームは3度のテストを行った。最初は2月12日から14日のヘレス。ここでは、ドライバビリティと信頼性の向上に集中した。
このテストではかなりの距離をこなすことができてよかった。2日目には、僕が121周、テスト兼リザーブドライバーのアレックス・ブルツがRA108の セカンドカーで103周。多くのデータが収集できた。これが本拠地で研究され、開発に生かされる。
ヘレスのあとは1週間ほどモナコに戻り、冬の間やってきた様々なトレーニング・プログラムを継続してこなした。これからは、遠征とテストで思うようにト レーニングの時間が取れなくなるから、すでに集中してつけた体力と心肺レベルを維持していくためのトレーニングをしていく。最近では、ランニングと、ス コットのロード自転車やマウンテンバイクでのサイクリングをやっている。もう少し海が暖かくなったら、海での水泳も始めるつもりだ。
さて、話を戻そう。次のテストに入る前に、僕は東京に飛んで、Hondaのモータースポーツ体制発表記者会見に出席した。これは毎年恒例の会見で、 Hondaのモータースポーツ関係者が世界各国から集まってくる。F1からは、僕と、チームメートのルーベンス・バリチェロ、チーム・プリンシパルのロ ス・ブロウン、CEOのニック・フライ、中本修平というメンバーだった。
MotoGPや、IRLなど、 F1以外でHondaのモータースポーツに関わっている人たちと会えるうれしい機会だ。今のHondaが世界中に大きく展開していることを改めて感じる。 創始者の本田宗一郎氏が言っていたように、レースはHondaの遺伝子の一部なんだ。
テストを終え、モナコに戻ってまた少しトレーニング。南フランスの天気は定まらず、何日かは雨が降ったけれど、外に出て身体を動かすこともできたから、調子はよかった。
日本からモナコに帰ったのはバルセロナでのテスト直前。2月26日火曜日と27日水曜日に行われたこのテストでは、雨も降り、マシンのドライバビリティ を高める作業ができた。また、様々なレースを想定したテストも行った。予選やレースの練習をしたことで、スタッフ全員、目前のオーストラリアGPへの意識 がさらに高まった。ピットストップも含めたレースのシミュレーションもあったから、ピットクルーは本番さながらの練習ができたと思う。
テストの後、療法士のマイク・コリアーと一緒にモナコへ戻った。4日間ずっと天気に恵まれ、次のテストまできっちりトレーニングができた。マイクとは 11月から一緒にやり始めたばかりだけれど、彼はもう、僕の身体が何を必要としているのかをきちんと把握してくれている。僕も、彼の能力に全幅の信頼を置 いている。開幕前の本格的なトレーニングはこれが最後だったから、彼も僕も、この機会を最大限生かそうと懸命にトレーニングに励んだ。
3月3日月曜日。ヘレスでこの冬最後のテスト。現地にはお昼に着いて、午後はスポンサーやチーム関係の撮影があった。
翌日から2日間、RA108を走らせた。このとき初めてメルボルン仕様の空力パッケージを使った。空力関係はこれからどんどん進化していくはずで、これ が第一歩だ。ハンドリングは格段に変わっていたけれど、各チームの中で僕らがどのレベルにいるのかについては、メルボルンでほかのマシンを相手に走ってみ るまでは何とも言えない。
最後のテストが終わってから、PRの大きな仕事がいろいろ入っていた。最初は、3月6日木曜日、ロンドンのデザイン博物館。「earthdreams」 の仕事始めだ。翌日は東京へ。1カ月弱の間に2度目の来日だ。このときは、Hondaの環境CM撮影。出演は、僕とビーチバレーの浅尾美和選手。彼女はす ごくいい人で、楽しく過ごせた。
3月10日月曜日には、ルーベンスと東京でのF1記者会見に出席した。そのあと、一晩飛行機に乗り、オーストラリアへ。いよいよ開幕戦だ。メルボルンは シーズンの幕開けにはうってつけの町だと思う。天気はいつもすばらしいし、雰囲気も最高。地元の人たちはレースを心から歓迎してくれている。今シーズン、 いいスタートが切れますように。
ではまた。
 ホンダ・レーシング・F1・チームは、初めてRA108が2台そろってテストを行った。メルボルンでの開幕戦に向け、最高のパフォーマンスを引き出そうと全力で作業を進めている。
RA108のデザイン方針は、去年のRA107とはまるで違う。だから、サーキットではセットアップをゼロから進めていかなければならない。この場合、どのテストでも、できる限り長い時間コースを走ることが大切だ。そんな中、2月初頭のバルセロナでは信頼性の高い走りができた。いい報告ができてうれしい。ただ、順調に前進してはいるが、やらなければならないことはまだ山積みだ。
バルセロナでのテストまでに何とか2台をそろえようと、チームのみんなは必死でがんばった。これからも、ブラックリーと栃木で、この調子で仕事をし続けていかなければならない。僕らの今年の目標は、全てのテスト、全てのレースで常に前進していくこと。それができれば、僕としては満足だ。
前回このコラムを書いてから、トレーニング、会議、PRイベントとあちこち飛び歩いた。1月12日に英国で開かれたオートスポーツ・インターナショナル・ショーに出席した後、ガールフレンドと何日かパリを旅行した。その後1月17日には英国に移って、家族と僕の誕生日祝いをした。最高に楽しかった。僕のように、故郷から離れてモナコに住んでいると、家族と一緒に過ごす時間は特別だ。
誕生日の後は、モナコに戻って何日かトレーニング。冬の間、ランサローテでのキャンプを3度こなしたおかげで、今、僕の身体の状態はすごくよい。グリッド中の誰にも負けない体力をつけた自信はある。がんばって高めてきたこのレベルを維持するために、これからも、サイクリング、スイミング、ランニングなどあらゆる努力をするつもりだ。
1月23日。RA108のシェイクダウンのため、バレンシアに飛んだ。この時、サーキットに入る前に市街地へ出向き、バレンシアの新しい公道サーキットの予備ミーティングに参加した。レースは8月の終わりだから、間近にならないとサーキットはできないが、レイアウト案を見るだけでも興味深かった。僕は、公道レースが好きだ。先の見えないコーナーが多く、ミスが許されないところにやりがいを感じる。
RA108のシェイクダウンは、街から20kmほどの場所にあるリカルド・トルモ・サーキットで行われた。走らせたのは、発表の前段階のマシン。できるだけ早くサーキットで走らせることが大切だと判断したからだ。乗ったのは3人。僕とルーベンス・バリチェロと、テストドライバーのマイク・コンウェイで、計198周をこなした。上々の成果だ。
テストを終え、モナコに戻ってまた少しトレーニング。南フランスの天気は定まらず、何日かは雨が降ったけれど、外に出て身体を動かすこともできたから、調子はよかった。
1月28日には、ブラックリーのファクトリーへ。まず、エンジニアとバレンシアでのテストについて話し、いくつかインタビューを受けてから、翌日の公式発表に気持ちを切り替えた。発表には150人以上のメディア関係者が集まり、順調に一日が過ぎた。新しいアースドリームカラーのマシンはすばらしかった。また、アレックス・ブルツをテスト兼リザーブドライバーとして正式に迎えることができたのもよかった。記者たちは、今シーズンについて僕がどう考えているか聞きたがっていたけれど、最初にも書いた通り、一年を通して進化し続けていくことが僕の目標だ。それを彼らにも話した。この新車発表の日はかなり忙しかった。まず全てのインタビューを終え、すぐに新車のシート合わせ。夜になってバタバタとニースへ戻り、やっとモナコの自宅に着いたのはもう真夜中だった。でも、どうしても朝自分のベッドで目覚めたかったんだ。
それから2日ほどモナコで過ごし、2月1日にバルセロナへ向かった。このテストでは2台の新マシンが揃った。RA108の真のパフォーマンスが試されるテストだった。
僕が走ったのは、2日と3日。全体的によくはなっているが、これからのテストでもたくさんのことをこなしていかなければならない。今年のマシンは完全に一新されているから、セットアップの作業はゼロからのスタートだし、新しいECUでドライバビリティの問題が出てきた。個人的には、最終日に天候が崩れたおかげで、トラクションコントロールなしのマシンで初めてのウェット走行ができたのがよかった。
テストを終え、モナコに戻り、今は、療法士のマイク・コリアと、恐ろしく厳しいトレーニングプログラムをこなしている。来週はヘレス。ここでもマシンの開発をガンガン進めていくつもりだ。
RA108はまだ開発の初期段階。この先、徹底的な開発プログラムが組んであるから、シーズン開幕が楽しみだ。
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