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     §1 第2戦マレーシアGP

メルボルンでのレース後、月曜日にはブルネイに行って、フィアンセのルイーズと短い休暇を過ごした。なぜブルネイかと言うと、次に控えていたマレーシア GPの気候に似ていてそのコンディションに慣れることができるからということと、ブルネイはすばらしい国で休暇を過ごすにはとても良いと聞いていたからだ。実際、本当に楽しかった。もちろん、1日に3度は短いトレーニングをこなしていたよ。ランニング、水泳、カヤックを交互に取り入れたトレーニング・・・・。おかげでマレーシアには調子良く乗り込めた。気温40℃、湿度70%という環境にもばっちり慣れていた。
セパンサーキットは好きなコース。低速と高速コーナーがうまく組み合わさっていて、さらにコース幅が広いからオーバーテイクがしやすいんだ。マレーシア入り後、最初のうちはうまく行っていて、金曜日の練習走行ではノートラブルで走れた周回もあった。でもその後、悪いことが起こり出したんだ。
まず土曜の朝、サーキットに行くとすぐ、琢磨がウィルス性の風邪で残りの日程を走ることができなくなったと言われたんだ。琢磨は前の晩から病気になって点滴を受けていた。みんな心配したよ。それで急遽、サードドライバーのアンソニー(・デビッドソン)が走ることになった。実はその時、アンソニーはすでに帰宅する用意をしていたんだけどね。
そして次は僕。オイル漏れで、2回目のフリー走行45分間をまるまるロスした。そのせいで、午後の予選1回目の前に軽い燃料で走っておくことができなくなったんだ。しかもこのオイル漏れは、レースにまで尾を引いた。
レースは9番手スタートだったけれど、良いレースをする自信はあったんだ。実際、スタートはすごい良かった。キミ・ライコネン(マクラーレン)を抜いたりして、1周目から2つ順位を上げられたんだから。ところが2周目、突然ひどいオーバーステアに襲われた。リアタイヤの上にオイルが流れ出していたんだ。結局土曜日と同じオイル漏れでリタイア。同じトラブルでアンソニーもレースを断念した。
レース直後、僕はひどく混乱していた。だって、1周目には自分が最速だと感じていたんだから。それで、記者からコメントを求められた時に、チームのパフォーマンスを批判してしまったんだ。でも、僕がそんな言葉を口にしたのは、チームのパフォーマンスを一生懸命に考えているから。B・A・R Hondaの皆はそれを分かってくれているよ。
決勝日の夕方に、僕はイギリスへ飛んだ。BRDC(ブリティッシュ・レーシング・ドライバーズ・クラブ)の会長、ジャッキー・スチュワートとの撮影があったからだ。ジャッキーと僕はシルバーストーンサーキットをゴルフのバギーで走るシーンを撮影した。イギリスGPのプロモーションに使うらしい。ジャッキーのことはとても尊敬しているし、仲良くしてもらっているから、楽しい仕事だったよ。

§2 チームはポジティブな気持ちを失っていない

それから僕はチームのファクトリーへ直行し、マレーシアGPでのテクニカルトラブルについて話し合いをした。Hondaのエンジニアとは、オイル漏れの解決策が出たことを確認し、シャシーの担当者には、マシンに加える改良について話した。
マレーシアの結果は残念だったけど、ファクトリーはポジティブな雰囲気のままだった。だから、僕自身もすごく気持ちが乗ってきた。そこにいた皆と同じように、僕も、ここまでの残念な結果を覆すことができると自信を持っているんだ。
しかし第3戦バーレーンGPも、リタイアする結果になってしまった。苦い薬を飲むようだったよ。涼しいヨーロッパでのテストでは、マシンは時計仕掛けのようにきっちりとラップを刻んでいた。けれどマレーシアもバーレーンも気温は40℃以上。うまくいかなかったのはこのためだろう。モーターレーシングの世界で昔から言われている言葉に、「勝つためには、まず完走すること」というのがある。今の僕たちも、ここから始めなければいけない。
でも、チームはポジティブな気持ちを失っていない。僕たちは全員、「今年は勝利を重ねていく」というオフシーズンからの目標を達成できると信じている。 Hondaは良いエンジンを提供してくれているし、マシンのスピードも速い。完走さえできるようになれば、トップ争いができるはずだ。

僕は今、バルセロナでこのコラムを書いている。4月24日のイモラでのレースに備えて、合同テストの最中なんだ。エンジンはかなり良くなった。ブレーキに厳しいことで有名なバーレーンGPでは、まさにそのブレーキが僕たちの課題となってしまったが、今回のテストではそれにも改良を加えている。あと、数レース後に導入する新しい空力のパーツも改良した。
週末には、姉の結婚式でイギリスへ戻る。花嫁を教会に送り迎えする役目を仰せつかっているからね。姉にとっては人生の大切な日。晴れてくれるといいなあ。
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 Hondaホームページの読者の皆さん、僕の新しいコラムへようこそ!
日本のファンは僕にとってとても大切な存在なんだ。今シーズン、僕の身の回りで起こったいろいろなことを、レースだけでなくプライベートも含めて毎月報告していくのでお楽しみに。
Lucky Strike B・A・R Hondaは、2005年のシーズンを迎えるにあたってすごく忙しい冬を過ごした。でもやっただけの価値はあったよ。ニューマシン、B・A・R Honda 007は、運転していてすばらしいマシンだし、去年より格段に進歩したのがよく分かる。
ここまで来ることができたのは、見事なエンジンを作ってくれたHondaの存在が大きいね。レギュレーションが変わって、2つのGPに耐えられるエンジンを作らなければならなくなったけれど、そんな中でもRA005Eは去年より軽くてパワーもある。シャシーとの組み合わせも完璧だ。
今年のマシンなら、去年より上の成績を狙えるはずだよ。準備は万端。念願の初勝利に向けて、チームも僕も自信がある。このコラムで、ポディウムの最上段からの景色を、毎回伝えることができたらいいね。    
   
ジェンソン・バトン    
       
       
       
    §1 第1戦オーストラリアGP

オーストラリアGPの結果には、チームのスタッフ全員ががっかりしている。かなり期待を持ってメルボルン入りしたのに、結局1ポイントも取れずじまい。2 台ともポイントを取ることができないなんて去年のベルギーGP以来だ。でもあまりネガティブにならないようにしているんだ。去年だって、シーズンが進むにつれてどんどん良くなった。今年も間違いなく同じだと思っているからね。
1回目の予選は、天候に大きく左右されてしまった。僕がコースに出た時、路面はまだ濡れていたから、フィジケラのポールタイムより約8秒4も遅くなってしまったんだ。レースではほぼずっと、渋滞にひっかかっていた。特にジャック・ビルヌーブの後ろにね。ジャックが乗るザウバーのギアボックスをにらんで、イライラしながら16周も走るハメになった。前に何もなければ、どの周も2秒は速かったと思う。オーバーテイクできそうな距離に近付くと、そのたびにジャックのマシンの気流が僕のフロントのダウンフォースをなくしてしまうんだ。それで後ろに下がる、その繰り返しだった。
でも、チームにとっても僕にとっても素晴らしいシーズンになるということへの自信は揺らいでいないよ。開幕前から言ってきた通り、とにかく勝ちたいし、タイトル争いがしたい。チームとしては、コンストラクターズチャンピオンシップで3位以内に入るのが目標だ。冬のテストの時期から、マシンの良さは分かっている。あとはレースでその力を発揮できるかどうか。オーストラリアGPはもう過ぎたこと。新しいマシン、新しいレギュレーションで臨む新しいシーズンの第1戦が終わった、それだけのことだよ。

§2 オフシーズンのこと

メルボルンではいい成績を出せなかったけれど、シーズンが開幕したというのはやはり気分が良いね。Hondaのみんなと同じように、僕もレースが大好き。またあの抜きつ抜かれつの世界に戻って来ることができて、ホント、うれしい。
開幕戦へは、東京を経由して行ったんだよ。Hondaが新シーズンに向けて恒例の記者会見を開いたから。今年の会見は、いつもとはちょっと違っていた。去年はF1チームだけだったけれど、今年は、Hondaが参戦する様々なレースの関係者が集まっていたんだ。IRLからトニー・カナーン、MotoGPからはマックス・ビアッジとニッキー・ヘイデン。他にも知り合いがたくさん来ていた。いろいろなレースとの違いを比べるのはおもしろかったし、チームスピリットの素晴らしさを感じたね。
そのイベントで分かったんだけど、各レースの中で、F1が一番多くのオフシーズンテストをこなしたようだ。F1チームが冬の3ヶ月間のテストでマシンを走らせた距離は、僕と佐藤琢磨、アンソニー・デビッドソン、エンリケ・ベルノルディの4人合わせて25,000km近い。大変な作業だったけれど、2レース1 エンジンという新たなレギュレーションの中で、信頼性を確かめるためにはこのくらいのテストが必要だということは、充分に分かっていたからね。
F1ドライバーとしては、テスト同様にプロモーション活動もこなさなければならない。だからあまり休暇はとれなかった。この仕事が好きだから、文句を言うつもりはさらさらないよ。ただ、F1ドライバーが何もせずにオフシーズンを過ごすなんていうウワサだけは、ここで否定しておきたい!

***

去年の10月の最終戦ブラジルGPが終わってすぐ、アメリカのユタ州にあるソルトレークへ撮影に出かけたんだ。楽しい旅行だった。ソルトフラット(塩の大平原)をこの目で見ることができたのも良かったな。ソルトフラットはものすごくて、何だか恐ろしいほどだったよ。
フィアンセのルイーズと一緒に、ユタからラスベガス、それからロサンゼルスに行った。その後日本に飛んで、Hondaの栃木研究所に行ったんだ。研究所には一万人以上の従業員がいて、すごく印象的な所だよ。従業員のみんなと会ったり、Hondaが2005年に向けてどんな開発をしているのかを知るチャンスもあったから、新しいシーズンに向けての自信と期待が湧いてきたよ。
ヨーロッパに戻って、11月の中旬に高地トレーニングのためスイスのツェルマットへ出かけた。ここでのトレーニングはもっぱらアップヒル・スキー。山をスキーで登るんだけれど、非常に良いトレーニングになるね。ここ数年、このトレーニングをかなり積んできて、これまでにないほど体が鍛えられたと実感している。
11 月の終わりには、04年のシャシーに05年用エンジンとギアボックスを乗せたコンセプトカーのテストが始まった。エンジニアのために、信頼のおけるデータをできるだけ多く取りたいと思ったから、頑張ってほぼ毎日100周は走った。合計で、文字通り何千kmもこなしたよ。おかげで首の筋肉も鍛えられた!
クリスマスにようやく何日か休暇をとって、ルイーズと一緒にイギリスで過ごしたんだ。僕の両親と過ごし、その後、ロンドンの北のアーセナルにいるルイーズの家族を訪ねた。ちょうどサッカーの試合があって、アーセナルがフラムに勝ったんだ。ルーはすごく喜んでいた。彼女は生まれてこのかたずっとアーセナルのサポーターだからね。
12月27日にアメリカのフィスラーに飛んで、スキーを楽しんだ。雪はまあまあっていうところだったけれど、テストの猛襲と新シーズンが始まる前にルーと一緒にリラックスした時間が持てたのがうれしかった。ちなみに、僕らのスキーの腕前は同じくらいだから、ずっと追いかけっこをしながら滑っていたよ。

***

テストは1月の第2週から始まった。僕の場合、新しいマシンに乗った時の第一印象は大抵正しいんだ。10周も走れば、空力やメカニカルグリップ、バランスといった基本的なものの調子が良いかどうか分かる。去年のマシンも良かったけれど、今年はそれより格段に進歩していて、やっぱり良いマシンだということが最初の時点で分かった。
05年の新しいテクニカルレギュレーションは、ダウンフォースを30%もカットするものだった。その中でこれだけ進歩したというのは驚きだよ。チームはすでに失った部分を回復した。また空力部門も新たな開発を重ねていて、2、3レース後にはその成果が導入されるはずだ。メルボルンで分かったように、新しいレギュレーションがF1全体のレベルを均一化した。そしてそのレギュレーションの抜け道をいち早く見つけたチームが、一歩リードできるんだ。
今の僕たちには、開発あるのみ。そして毎戦毎戦を、精いっぱい戦うつもりだ。
ホンダで戦ってきたジェンソンバトン。
ホンダのサイトには毎月ジェンソン・バトンダイアリーが更新されていました。
サイトがなくなると寂しいので、転載させていただきます。


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