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シェイクダウンしてからずっと開発を重ねてきたけれど、次々にやらなければならないことが出てくるのがF1だ。どのチームもそれは同じ。RA108は、 ドライバビリティも信頼性も全体的なパフォーマンスも良くなったけれど、もちろんそれで満足なんてしていられない。ブラックリーでの新車発表でも言ったよ うに、今年は、レースのたびに進化していきたいと思っている。
前回のコラムを書いてから、チームは3度のテストを行った。最初は2月12日から14日のヘレス。ここでは、ドライバビリティと信頼性の向上に集中した。
このテストではかなりの距離をこなすことができてよかった。2日目には、僕が121周、テスト兼リザーブドライバーのアレックス・ブルツがRA108の セカンドカーで103周。多くのデータが収集できた。これが本拠地で研究され、開発に生かされる。
ヘレスのあとは1週間ほどモナコに戻り、冬の間やってきた様々なトレーニング・プログラムを継続してこなした。これからは、遠征とテストで思うようにト レーニングの時間が取れなくなるから、すでに集中してつけた体力と心肺レベルを維持していくためのトレーニングをしていく。最近では、ランニングと、ス コットのロード自転車やマウンテンバイクでのサイクリングをやっている。もう少し海が暖かくなったら、海での水泳も始めるつもりだ。
さて、話を戻そう。次のテストに入る前に、僕は東京に飛んで、Hondaのモータースポーツ体制発表記者会見に出席した。これは毎年恒例の会見で、 Hondaのモータースポーツ関係者が世界各国から集まってくる。F1からは、僕と、チームメートのルーベンス・バリチェロ、チーム・プリンシパルのロ ス・ブロウン、CEOのニック・フライ、中本修平というメンバーだった。
MotoGPや、IRLなど、 F1以外でHondaのモータースポーツに関わっている人たちと会えるうれしい機会だ。今のHondaが世界中に大きく展開していることを改めて感じる。 創始者の本田宗一郎氏が言っていたように、レースはHondaの遺伝子の一部なんだ。
テストを終え、モナコに戻ってまた少しトレーニング。南フランスの天気は定まらず、何日かは雨が降ったけれど、外に出て身体を動かすこともできたから、調子はよかった。
日本からモナコに帰ったのはバルセロナでのテスト直前。2月26日火曜日と27日水曜日に行われたこのテストでは、雨も降り、マシンのドライバビリティ を高める作業ができた。また、様々なレースを想定したテストも行った。予選やレースの練習をしたことで、スタッフ全員、目前のオーストラリアGPへの意識 がさらに高まった。ピットストップも含めたレースのシミュレーションもあったから、ピットクルーは本番さながらの練習ができたと思う。
テストの後、療法士のマイク・コリアーと一緒にモナコへ戻った。4日間ずっと天気に恵まれ、次のテストまできっちりトレーニングができた。マイクとは 11月から一緒にやり始めたばかりだけれど、彼はもう、僕の身体が何を必要としているのかをきちんと把握してくれている。僕も、彼の能力に全幅の信頼を置 いている。開幕前の本格的なトレーニングはこれが最後だったから、彼も僕も、この機会を最大限生かそうと懸命にトレーニングに励んだ。
3月3日月曜日。ヘレスでこの冬最後のテスト。現地にはお昼に着いて、午後はスポンサーやチーム関係の撮影があった。
翌日から2日間、RA108を走らせた。このとき初めてメルボルン仕様の空力パッケージを使った。空力関係はこれからどんどん進化していくはずで、これ が第一歩だ。ハンドリングは格段に変わっていたけれど、各チームの中で僕らがどのレベルにいるのかについては、メルボルンでほかのマシンを相手に走ってみ るまでは何とも言えない。
最後のテストが終わってから、PRの大きな仕事がいろいろ入っていた。最初は、3月6日木曜日、ロンドンのデザイン博物館。「earthdreams」 の仕事始めだ。翌日は東京へ。1カ月弱の間に2度目の来日だ。このときは、Hondaの環境CM撮影。出演は、僕とビーチバレーの浅尾美和選手。彼女はす ごくいい人で、楽しく過ごせた。
3月10日月曜日には、ルーベンスと東京でのF1記者会見に出席した。そのあと、一晩飛行機に乗り、オーストラリアへ。いよいよ開幕戦だ。メルボルンは シーズンの幕開けにはうってつけの町だと思う。天気はいつもすばらしいし、雰囲気も最高。地元の人たちはレースを心から歓迎してくれている。今シーズン、 いいスタートが切れますように。
ではまた。
RA108のデザイン方針は、去年のRA107とはまるで違う。だから、サーキットではセットアップをゼロから進めていかなければならない。この場合、どのテストでも、できる限り長い時間コースを走ることが大切だ。そんな中、2月初頭のバルセロナでは信頼性の高い走りができた。いい報告ができてうれしい。ただ、順調に前進してはいるが、やらなければならないことはまだ山積みだ。
バルセロナでのテストまでに何とか2台をそろえようと、チームのみんなは必死でがんばった。これからも、ブラックリーと栃木で、この調子で仕事をし続けていかなければならない。僕らの今年の目標は、全てのテスト、全てのレースで常に前進していくこと。それができれば、僕としては満足だ。
前回このコラムを書いてから、トレーニング、会議、PRイベントとあちこち飛び歩いた。1月12日に英国で開かれたオートスポーツ・インターナショナル・ショーに出席した後、ガールフレンドと何日かパリを旅行した。その後1月17日には英国に移って、家族と僕の誕生日祝いをした。最高に楽しかった。僕のように、故郷から離れてモナコに住んでいると、家族と一緒に過ごす時間は特別だ。
誕生日の後は、モナコに戻って何日かトレーニング。冬の間、ランサローテでのキャンプを3度こなしたおかげで、今、僕の身体の状態はすごくよい。グリッド中の誰にも負けない体力をつけた自信はある。がんばって高めてきたこのレベルを維持するために、これからも、サイクリング、スイミング、ランニングなどあらゆる努力をするつもりだ。
1月23日。RA108のシェイクダウンのため、バレンシアに飛んだ。この時、サーキットに入る前に市街地へ出向き、バレンシアの新しい公道サーキットの予備ミーティングに参加した。レースは8月の終わりだから、間近にならないとサーキットはできないが、レイアウト案を見るだけでも興味深かった。僕は、公道レースが好きだ。先の見えないコーナーが多く、ミスが許されないところにやりがいを感じる。
RA108のシェイクダウンは、街から20kmほどの場所にあるリカルド・トルモ・サーキットで行われた。走らせたのは、発表の前段階のマシン。できるだけ早くサーキットで走らせることが大切だと判断したからだ。乗ったのは3人。僕とルーベンス・バリチェロと、テストドライバーのマイク・コンウェイで、計198周をこなした。上々の成果だ。
テストを終え、モナコに戻ってまた少しトレーニング。南フランスの天気は定まらず、何日かは雨が降ったけれど、外に出て身体を動かすこともできたから、調子はよかった。
1月28日には、ブラックリーのファクトリーへ。まず、エンジニアとバレンシアでのテストについて話し、いくつかインタビューを受けてから、翌日の公式発表に気持ちを切り替えた。発表には150人以上のメディア関係者が集まり、順調に一日が過ぎた。新しいアースドリームカラーのマシンはすばらしかった。また、アレックス・ブルツをテスト兼リザーブドライバーとして正式に迎えることができたのもよかった。記者たちは、今シーズンについて僕がどう考えているか聞きたがっていたけれど、最初にも書いた通り、一年を通して進化し続けていくことが僕の目標だ。それを彼らにも話した。この新車発表の日はかなり忙しかった。まず全てのインタビューを終え、すぐに新車のシート合わせ。夜になってバタバタとニースへ戻り、やっとモナコの自宅に着いたのはもう真夜中だった。でも、どうしても朝自分のベッドで目覚めたかったんだ。
それから2日ほどモナコで過ごし、2月1日にバルセロナへ向かった。このテストでは2台の新マシンが揃った。RA108の真のパフォーマンスが試されるテストだった。
僕が走ったのは、2日と3日。全体的によくはなっているが、これからのテストでもたくさんのことをこなしていかなければならない。今年のマシンは完全に一新されているから、セットアップの作業はゼロからのスタートだし、新しいECUでドライバビリティの問題が出てきた。個人的には、最終日に天候が崩れたおかげで、トラクションコントロールなしのマシンで初めてのウェット走行ができたのがよかった。
テストを終え、モナコに戻り、今は、療法士のマイク・コリアと、恐ろしく厳しいトレーニングプログラムをこなしている。来週はヘレス。ここでもマシンの開発をガンガン進めていくつもりだ。
RA108はまだ開発の初期段階。この先、徹底的な開発プログラムが組んであるから、シーズン開幕が楽しみだ。
先月と同じように、僕は今、ランサローテ島でこのコラムを書いている。この冬3度目にして最後のトレーニングキャンプ。これが終われば、ホンダ・レーシング・F1チームとの徹底的なテスト期間に突入する。
ランサローテは、毎年自分の身体がどれだけ進化したかを確かめる場だ。試験場のようなものだから、トレーナーのマイルスと療法士のマイクと一緒に、いろ いろな種類のエクササイズをこなす。この前、12月の初めにここへ来たときは、かなりトレーニングが進んだ。今週もその調子で身体を作っていきたい。
前回このコラムを書いたときから今日まで、RA107には乗っていない。でもサーキットとは別のところで大忙しだった。この間のトレーニングキャンプ最 終日、トライアスロンで2位になったあと、英国に戻り、12月13日木曜日にシルバーストーンでのPRイベントに出席した。SEIKO用にカメラの前で ポーズを取ったのだけれど、これは今度宣伝に使うらしい。それから、新しいトレーニング用の自転車も手に入れた。「スコット・スパーク」のマウンテンバイ クと「スコット・プラズマ」のトライアスロン用自転車だ。
スコット社のサービスはすばらしい。自転車に何か不具合が出たらすぐに直してくれる。乗っていて楽しい自転車だしね。プラズマのカーボンフレームは980gしかなくて、驚くほど軽い。ブレーキやギアやペダルなどの部品も最高だ。
僕が自転車に乗るときはいつも一般道を走る。自転車の楽しさはスピードではない。風の中を駆け抜けていく感じが好きなんだ。レース用の自転車で、75キ ロ、80キロ出したらもう感動ものだよ。マウンテンバイクの方も乗るのを楽しみにしているけれど、僕は、何をやるにしてもそれに溺れてしまうことはないか らご安心を。
シルバーストーンでのPRイベントのあと、土曜の朝にはロンドンへ行って、「サッカーAM」というテレビ番組に出演した。僕は子供の頃からずっとアーセ ナルのサポーターだから、ガナーズのエースストライカーだったイアン・ライトや、プロディジーというバンドのリーロイ・ソーンヒルたちと同じ番組に出られ てすごく楽しかった。インタビューの最後に、イアンと僕でレースをした。スタジオの外の駐車場で、電動四輪バイクに乗って競ったのだけれど、あまりにもス ピードが遅いものだから、最後には自分たちで押してフィニッシュラインを越えた。で、結果は胸を張って言える。僕の勝利!
その午後は、ウェンブリースタジアムで、レース・オブ・チャンピオンズ(ROC)前の記者会見に出席した。F1ドライバーも6人来ていて、たくさんの取 材陣が集まっていた。その後、1kmのサーキットに行って、ROCバギーと2007年型WRCマシンでのプラクティスセッション。特にこのプラクティスは 僕にはよかった。このイベントには初めての参加で、それまでそういったマシンに乗ったことがなかったから。
割り当てられたプラクティスが終わると、ブラックリーのチームファクトリーの近くにあるタウセスター・レースコースに向かった。チームのクリスマスパー ティがあったんだ。2007年の成績に関しては、祝うような事はあまりなかったけれど、この日のパーティの雰囲気はとてもよかった。これからのシーズンに は期待できる事がたくさんある。
翌日、12月16日は、朝8時30分にはウェンブリーに戻っていなければならなかった。ドライバーズブリーフィングと、もう少しプラクティスセッション があったんだ。ROCはまず国別対抗レースから始まった。僕は、世界ツーリングカー選手権のチャンピオン、アンディ・プリオールと組んで英国代表として 走った。彼はすばらしいドライバーで、僕らはかなりの強豪チームだったから、準決勝でドイツに負けたのは本当に悔しかった。僕は負けず嫌いだからね。
次に、いよいよレース・オブ・チャンピオンズだ。世界各国からトップドライバーが参戦していた。F1ドライバーもいたし、ラリーやNASCARやツーリ ングカーからも来ていて、見事なラインナップだった。僕は、2回戦で大接戦の末、ミハエル・シューマッハに負けてしまった。でも彼も僕もレースを楽しんで いた。
期待していたような成績ではなかったけれど、ROCはすばらしいイベントだった。母国の観衆の前でパフォーマンスできてうれしかった。来年のイベントが楽しみだ。
ROCのあとはモナコで1週間。寒かったけれど、何とか新しい自転車でトレーニングできた。自転車の感触も抜群だった。
クリスマスは親戚と過ごした。シーズン中は旅から旅だから、なかなか会えない。リラックスしたムードで、本当に楽しかった。そして大晦日は、ガールフレ ンドと一緒だった。正直言って、07年が終わるのを見るのはうれしかった。チームにとってつらい一年だったからね。今は、新しいシーズンに期待している。
1月3日に飛行機に乗って、今いるランサローテへ来た。このトレーニングキャンプには8人のドライバーが参加しているのだけれど、みんな、相当たくましくなっている。いい戦いが見せられると思う。
ランサローテから帰ったら、1月11日にロンドンで「シルク・ド・ソレイユ」を見に行くつもりだ。壮観だろうな。それから、12日の土曜にはバーミンガムでオートスポーツ・インターナショナル・ショーに出席する。
それが終われば、残りのテストセッションと、1月29日に公開される新マシンに集中する。次のコラムを書くまでには、RA108を走らせているはずだ。第一印象を伝えられるのを楽しみにしているよ。
ではまた。
僕個人について言うと、来季に向かって準備は順調だ。ブラジルで閉幕したあと、2回、バルセロナとヘレスでテストに参加し、ランサローテで2度のトレーニングキャンプをこなした。読んでもらえば、この何週間か、すごく忙しかったことが分かってもらえると思う。
最初のキャンプは11月の第1週だった。7年間療法士を務めてくれたフィル・ヤングが辞めてオーストラリアで新生活を始めたため、今回はマイク・コリアが新しく療法士として来てくれて初めてのトレーニングキャンプだ。マイクはとてもきっちりしていて、トレーナーのマイルス・ジョンソンも僕を相当追い込んでくれたからキャンプはうまくいった。毎日3回のセッションをこなし、トライアスロンの大会にも出て3位に入った。
そのあと英国に戻ってセイコーのPRイベントに出席。競技で勝った人たちをS2000に乗せてシルバーストーンを走った。僕自身も楽しかったし彼らも喜んでくれたと思う。
それからバルセロナに飛び、サーキット・デ・カタルーニャでこの冬の初テストに参加した。来年から義務化される標準エレクトロニック・コントロール・ユニット(ECU)を初めて使ってみて、いい感じで走れた。このECUには、ドライバーエイドがついていない。つまり、トラクション・コントロールも、エンジン・ブレーキング・コントロールもなし。運転していて楽しかった。スロットルをスムースにうまく扱わなければならないけれど、これが僕のドライビングスタイルには合っているんだ。
テストのあと、ガールフレンドと会い、彼女の誕生日を一緒に祝った。それから英国に戻り、ブラックリーでエンジニアに会って新しいマシンの開発状況を見た。でもまだ、RA108がどれくらい速くなるかについては、予測は控えておこう。
英国には長くはいられず、2日後は日本への飛行機に乗っていた。日本では、PR活動がたくさん待っていた。まず11月22日木曜日に東京に着くと、そのまま都心にあるフジテレビのビルに行き、いろいろな人に会い、インタビューも受けた。フジテレビのビルをよく知らない人のために付け加えると、ものすごく大きくて壮観なビルだ。
それから、もてぎでの「Honda Racing THANKS DAY」。友人のF1ドライバー佐藤琢磨やほかのHondaのドライバーたち、また世界各国の二輪ライダーたちも一緒だった。何万人ものファンに見つめられて、素晴らしい体験だった。
このイベントにはRA107を持ち込んで、ロードコースとオーバルコースを走らせた。デモ走行をするだけでよかったのに、ついついスピードを出してしまった。ロードコースでは、コースが良く分かっていたから良かったけれど、オーバルでは結構怖かったな。F1マシンはオーバルで走るように設計されていないから。
イベントのあとは東京に戻ってディナー。グランド・ハイアット・ホテルにある「けやき坂」という素敵なレストランだった。初めてミシュランの星を獲得したばかりということだったけれど、料理もサービスも一流だった。ディナーを終え、数人でキャバン・クラブへ行って、お気に入りのバンドの演奏を聴いた。このバンド、僕はビートルズのトリビュートバンドでは世界一だと思う。今年の日本GPのあと初めて聴いて、もう感動。この夜もすばらしいライブだった。是非英国ツアーをしてもらいたい!
翌日はヨーロッパに帰り、モナコの自宅で数日トレーニングなどをして過ごした。11月29日の木曜にはブラックリーへ飛んで、エンジニアに会い、来年の RA108用モックアップでシート合わせをした。それが済むと、ロンドンに行き、事務所のスタッフをディナーに誘ってクリスマスパーティだ。すばらしいスタッフに恵まれて僕は本当にラッキーだと思う。この夜は最高の気分だった。
翌日の夜は、「Xファクター」という、今英国で人気の番組の収録に行った。これは、音楽の新人発掘番組で、友人のダニー・ミノーグが審査員の1人になっている。とても面白かったよ。
日曜の夜には、オートスポーツ・アワードに出席。BRDCスターズ・オブ・トゥモローへのプレゼンターを務め、友人にもたくさん会った。F1から大勢の人が来ていて、ホンダ・レーシング・F1・チーム関係者も多かった。
翌日は、ウェンブリー・スタジアムでのレース・オブ・チャンピオンズの記者発表。英国代表は、世界ツーリングカー選手権のチャンピオン、アンディ・プリオールと僕だ。何人かのジャーナリストを乗せて仮設コースを走ったりした。イベントは12月6日。今から待ちきれない。
記者発表を終えると、ヘレスに行き、この冬2度目のテストに参加した。このテストでも標準ECUの開発がまた一段と進んだ。それから、スリックタイヤも試した。僕自身、F1でスリックタイヤを履くのは初めての体験だったけれど、なかなか面白かった。ブリヂストンから供給された試験用スリックは、各チーム 3セット。これを履いた途端、マシンがこちらの予測通りの動きをするようになった。
どのチームもそうだったけれど、僕らも2009年のレギュレーションに合わせてタイヤ・ウォーマーを使わなかったから、スリックを温めるのにはてこずった。ただ一端温まると、今のグルーブタイヤと比べて1周2秒くらいタイムが縮まった。このテストにはロス・ブロウンも来ていたから、彼の考えをマシンに反映できてよかったと思う。
ヘレスからモナコに戻り、すぐに飛行機に乗ってまたランサローテへ。そこでこのコラムを書いている。マイルスは、僕のために厳しいトレーニングメニューを組んでいることだろう。ランニング、自転車、水泳……。
ではまた。
よいクリスマスを。
ジェンソン
苦しいシーズンだった。正直、終わってホッとしている。成績が振るわず、ホンダ・レーシング・F1・チームのスタッフはみんな、つらい思いをしていた。でももう過ぎたこと。
2007年シーズン、ドライバーとして、僕はいい仕事をしたと満足している。マシンの性能を最大限引き出せたし、これまでのキャリアの中で最高といえる走りができたレースもあった。開幕の頃は、今年は1ポイントも取れないかもしれないという感じだったのが、終わってみれば6ポイント。
たくさんのことを学んだ。RA107が走らせづらかった分、セットアップの問題を解決するためエンジニアとともに、懸命に作業をした。マシンが進歩した時は本当に充実した気分になれたものだ。
チームとしても成長した。マシンのことだけではない。厳しい時期を経て、みんな、お互いを深く理解し合った。おかげで僕たちは、より強く固い絆で結ばれた。これは、今後に向けた財産になるだろう。
今は、2008年シーズンに全力投球している。あと4ヶ月もすればメルボルンでの開幕戦。マシン開発に残された時間はそう多くはないが、今年よりは格段に進歩できるはずだ。自信がある。今年は、新しい人材がたくさん加わった。特に空力部門での補強が多い。彼らの仕事が実を結ぶのを楽しみにしている。
前回このコラムを書いたのは、中国GPの直後だった。あの後、僕は2008年に向けての準備を始めた。上海を5位で終えるとすぐに飛行機に乗り、トレーニングキャンプのためオーストラリアのバイロン湾へ。既にかなりのレベルになっていた心肺機能を維持するため、自転車、ランニング、水泳を数多くこなし、ミニ・トライアスロンなどの大会にも参加した。
バイロン湾では、ガールフレンドのフローレンスと合流し、毎日トレーニングの後、いろいろなところに出かけた。イルカやザトウクジラや鷲や蛇を見たり、スキューバダイビングをしたり。ただ、少し前の嵐のせいで、海の中が、期待していたほど澄んでいなかったのが残念だった。
中国GPとブラジルGPの間の週末は、マイアミで3日間過ごした。時差に慣れるためだ。療法士のフィル・ヤングと一緒にジムワークに精を出した。インテルラゴスは反時計回りだから、特に左側の首を強化した。サンパウロに向けて飛び立つ前には町を観光して回った。
ブラジル行きの飛行機は6時間遅れていた。更に、やっと飛び立ったと思ったら、1時間半行ったところで、技術的なトラブルのためマイアミに逆戻り。その後はターミナルでトラブルが解消されるのを待ち、ようやくブラジルにたどり着いたのは木曜の午後10時30分。予定より12時間遅れだった。おかげで、シーズンの最終戦に向けて、理想的な滑り出しとはとてもいえない状況だった。
インテルラゴスでは、RA107は動きがトリッキーだった。この週末はずっとグリップに苦しみ、バランスも思い通りではなかった。予選は16番手。レースでは最初のスティントで佐藤琢磨に行く手を阻まれ、やっと抜いたのが13周目。そうしたら途端に1周1.7秒も速くなった。でも喜びもつかの間で、それからいくらも走らないうちに21周でエンジントラブルのためリタイアとなってしまった。厳しいシーズンは、最後まで残念な結果で終わった。
でもサーキット以外では、サンパウロを満喫した。あそこは、大きく活気に満ちた町だ。気に入りのシュラスコ専門店「フォーゴ・デ・チャオ」で食事をしたりして楽しんだ。日曜のレース後はこの町に留まり、チームの皆と打ち上げ。
ブラジルから英国に舞い戻って、家族や友達に会った。その後は、Hondaの製造工場がある英国南部のスウィンドンに行き、フィルの送別会に出席した。彼は7年間僕の療法士をしてくれたが、この冬からオーストラリアに移り、ゴールドコーストに住むことになった。フィルがいなくなると、ひとつの時代が終わったような気がする。僕の体調に異変がきたすのを、僕より早く察知して食い止めてくれた。僕は、彼の判断を心底信頼していた。これからも仲の良い親友であることに変わりはない。
新しい療法士は、マイク・コリア。2001年にベネトンで一緒にやっていたころからの知り合いだ。その後、マイクは英国のナショナルヘルスサービスで働いていた。今回、僕のところに来てくれることを承諾してくれたこと、そしてまた一緒に仕事ができることはすごく嬉しい。今年、彼はイタリアGPとベルギー GPでフィルと仕事をしたが、どちらもとてもうまく行った。
10月の終わりは、あまり仕事が入っていなかった。ブリュッセルのベル・ヘルメットに行ったくらいかな。2008年用の新しいヘルメットを作ってくれている最中で、僕の頭に完璧にフィットしているかを確かめるため頭部のスキャンを撮った。
11月1日にランサローテへ飛んで、マイクとの初めてのトレーニングキャンプに入った。元ラグビーのプロ選手だったトレーナーのマイルス・ジョンソンも来ているので、厳しい1週間になりそうだ。トレーニングの集中力を高めて、週末にはトライアスロンの大会に出場する。
その後は、モナコに戻ってこの冬最初のテストに備える。テストには新しいパーツをたくさん導入するから、これからクリスマスまで、チームにとっては1キロ1キロの走行が重要になる。トラクションコントロールが禁止されたため、ほとんどの作業は新しい電気系統のシステムが中心だろう。
トップ集団以外のチームは、ルールの変更を歓迎している。多少なりとも順位に変動が生まれるからだ。僕自身に関していえば、トラクションコントロールの禁止は僕のスムースなドライビングスタイルに合っていると思う。これからが楽しみだ。
厳しいレースだった。最初のスティントで僕のウェットタイヤがオーバーヒートしてしまって、あっという間に溝がなくなった。周りのマシンと比べると、僕のマシンはほとんどグリップがないも同然。10番手スタートから16位まで順位を落としてしまった。
そうこうするうちに乾いたラインができてきたから、すぐにピットに入ってドライタイヤに履き替えた。ピットから出て最初の周回は走りづらかったが、タイヤが温まってくるとかなり速くなった。それからはとにかくどんどん抜いていって、一時は4位に浮上した。その後2番目と最後のピットストップの間に1つ後退して5位フィニッシュだ。
僕にとって、5位というのは、いつもの年なら決していいと思える成績ではない。でも今回の上海では満足だった。うまく走れたし、4ポイントをとることができたから、チームのポイントに貢献できた。
前回このコラムを書いてから1ヶ月、とても忙しかった。イタリアGP翌日の朝にはイギリスに飛んで、チームのエアロダイナミシストたちに会った。来年のマシンの開発にとって重要な時期だったから、進行状況や今年のマシンのどの部分に改良を加えなければならないかを話し合った。
それからは翌週のベルギーGPに気持ちを集中した。RA107のスピードについて言うと、前週のモンツァほど良くはなかった。第2予選で良い走りができてなんとか14番手スタートだ。レースではずっと中盤争いの中にいたのだけれど、36周で油圧系のトラブルでリタイアしてしまった。
スパの2日後にヘレスへ向かって2007年最後のテストに参加した。来年向けの新しい空力パーツを試す、重要なテストだった。このパーツをつけて RA107のパフォーマンスが大きく変わったわけではないが、完全に風洞での予測通りの結果が出たことでチームも力を得た。風洞とサーキットがきっちり相関していることが、強いマシンを作る上で重要だから。
翌週月曜にはお台場でモータースポーツフェスティバルがあったから、それに間に合うように日本に着かなければならなかった。日本GP前に開かれるイベントだ。日本のファンにとっては、F1マシンを間近に見ることができる絶好のチャンスだと思う。僕はRA107を走らせて、何度もドーナツをやって見せたので、最後にはリアタイヤが完全にすり減ってしまっていた!
その後は、毎年恒例、日本GP前のHondaの記者会見。チームメートのルーベンス・バリチェロと僕、そしてスーパーアグリの2人のドライバーも出席した。その日は日本のメディアからの質問に答えてほとんど一日が終わった。大変な仕事だったけれど、でも東京はすごく楽しい。世界の中でも好きな街の1つだ。見るものもやることもたくさんあるし、食事が最高。僕は世界中どの場所にいても、必ず日本食の店を探す。だから日本に来ると本場の美食を満喫する。
レースに向け、木曜の朝、車で富士スピードウェイへ。このサーキットには感心した。あの1.5kmのストレートは特別な感じだ。それ以外の部分も技術的に難しいところが多くて、走っていて楽しかった。
金曜日は、このGP唯一のドライ走行だった。土曜日は雨。あまりに霧が深くて、最後のセッションは諦めなければならなかった。でも、僕としては雨のレースは大好きだし、グリッド6番手というのも満足だった。レースでの天気はひどかった。19周もセーフティカーの後をついて走りサーキットのコンディションが良くなるのを待った。いざゴーサインが出てからも、あまりにびしょびしょでレースにならないんじゃないかと思ったほどだ。あちこちで水上スキーのように滑ってしまい、視界も最悪。コース上にいる他のマシンが見えない。
僕は、まずニック・ハイドフェルトとぶつかってフロントウィングが壊れた。でもそこから2周は何とか5位をキープして走っていた。土砂降りの雨と霧で、ニックも僕が見えなかったのだと思う。結局、最終周でも佐藤選手とぶつかってサスペンションが壊れ、リタイアとなってしまった。
レースの後も2日ほど東京に残った。買い物をして、おいしい日本食をたくさん食べた。そして、ビートルズの日本人コピーバンドのライブを見た。演奏は素晴らしくて、最高の夜だった。
水曜日、中国GPのため上海に入り、その夜は英国のメディアをディナーに招待した。このディナーは毎年恒例になりつつある。僕はジャーナリストとは良い付き合いをしているからこの時も楽しかった。
レースが終わるとすぐに中国を出て、オーストラリアのバイロンベイへ。ここで2週間のトレーニングキャンプだ。トレーナーのフィル・ヤングがハードなプログラムを立ててくれたから、体調を万全にして、インテルラゴスでの最終戦に臨めると思う。
予選後、レースでリアタイヤをいたわるためフロントウイングの一部を取り除いた。おかげでその目的は達成したが、アンダーステアがきつくなってしまい、タイムに響いた。もしそれがなければ、ヘイキ・コバライネンよりも前にいけたと思う。でも、「もし」を言い始めたらきりがない。
モンツァ用のローダウンフォースのセットアップは特殊なものだ。だが、フロントとリアの新しいサスペンションが全てのタイプのサーキットで僕らのパフォーマンスを良くしてくれればと思う。
この夏、チームの全員がRA107のパフォーマンスを上げようと全力を尽くしてきた。夏のブレイク期間は3週間あったけれど、デザインや製造チームのスタッフは全員、休日返上で作業した。これだけ見ても、チームのモチベーションがいかに高いかが分かってもらえるのではないかな。
僕は、そのハンガリーGP後の3週間、体力トレーニングに集中していた。もちろん、電話では常にチームと連絡を取っていた。
そんな中、何日かは休みをとって、ガールフレンドのフローレンスと英国からモナコまでドライブ旅行をした。その間、毎晩テントに泊まったんだ。ただ問題は、フローレンスも僕もテント設営が初めてだったこと。最初の夜の設営には1時間半もかかってしまった!
そのおかげで、トルコに着いたときはとてもリラックスした気分だった。体調も万全。焼け付くような天候の下でこれは助かった。RA107もまあまあの状態だった。特にロングランが良かった。ハンガリーGPからすれば長足の進歩だ。予選は15位だったけれど、予選後のセッションでエンジンを換えてペナルティを受けたので、21番手に降格となってしまった。後ろからのスタートだからもちろんやりきれない思いはあった。でもそんな中で良いレースが出来たと思う。10台を抜いて13位でフィニッシュできたわけだから。
レース後にはデビッド・クルサードとアレックス・ブルツと一緒にモナコに戻った。2日ほど自宅で過ごしトレーニングをして、水曜の夜、モンツァへ向けてクルマで出発した。イタリアGP前のテストがあったからだ。元々は1日だけ参加することになっていたのだけれど、雨で木曜日は半日がつぶれてしまったから、もう1日残ることにした。他のチームもほとんどが姿を見せていた。このテストで、僕らは新しいサスペンションパーツを初めて試した。マシン全体のバランスが一気に良くなったのを感じた。
金曜のテストが終わると英国に飛んだ。翌日にロンドンの近くのメイデンヘッドで友人の結婚式があったからだ。しかも式はこれだけじゃなくて、すぐに今度はサマーセットのフロームまで車を飛ばして、日曜日には友人の子供の洗礼式に出席した。たった2日の間にすごくたくさんの友人に会えて有意義な時間だった。
次の週の月曜日の朝ドイツに飛んで、20kmもあるニュルブルクリンクの北コースを、Hondaのシビック TYPE Rで走った。このコースは初めてだったが、大好きになった。特別な場所だ。普通なら、僕は何周か走れば新しいコースでも把握できる。でもここは違った。 100近くのコーナーがあって、とにかく長い。市販車に乗っていても、体感スピードはかなりのものだ。すごく狭くて、壁が間近に迫っている。
さて、火曜の夜にはモナコに戻ってきた。翌日は、友達とトレーニング。それから木曜の朝に父と合流し、イタリアGPのため、僕の愛車でモンツァを目指した。
この後のレースについて書くと、まずスパ・フランコルシャン。ここでのGPがF1に復活してくれて嬉しい。オールージュ以外にもチャレンジングなコーナーがたくさんある。ベルギーGPには是非モンツァでの勢いを持ち込みたい。このサーキットで7月にテストをした時は今ひとつだったけれど、マシンはそれから進化しているからね。
その後はいよいよ日本GPだ。チームの地元レース。富士には行ったことがないから、サーキットについては良く分からない。すごく長いストレートがあると聞いたことくらいかな。このレースで、僕らは空力関係をアップグレードする予定だから、地元ファンに良い走りが見せられると思う。
どうしてRA107のスピードがなかったのか。次のレースまでに3週間。その間にこの問題に取り組む。バランスはよかったから、ハンドリングに関しても大きな問題はなかった。だから、どうしてパフォーマンスが今ひとつだったのか、もう一度洗い直してみなければならない。ただ残念なことに、今は夏のテスト禁止期間中。サーキットでのテストで解決することはできない。でも、ファクトリーではものすごい量のシミュレーション作業が進んでいる。
ハンガリーGPは不本意だったが、その2週間前に行われたヨーロッパGPではそれとは正反対の走りができた。スタート直後、雨のなかで僕のRA107は最速だった。最初の2周で、19位から5位まで順位を上げた。他のマシンはなんであんなに遅いのかと思えたくらいだ。この2周は、僕のキャリアの中でもベストのラップタイムとなった。
この前、英国GPの直後にこのコラムを書き終わってから、僕は、トレーナーのフィル・ヤングと、親友のスポーツカーレーサー、クリス・バンカムと一緒に、テストのためスパ・フランコルシャンまでクルマで移動した。イギリスからだと、飛行機よりクルマのほうが早い。気心の知れた仲間同士だから、楽しい道中となった。スパでのテストは、ベルギーGPに向けて大きな意味がある。去年はスパではレースがなかったから、最新の情報を手に入れなければならない。
テストのあと、すぐにまたクリスとフィルと一緒にイギリスに。その週末には仕事が盛りだくさんだったから。7月14日は、フェアフォードの英国空軍でエア・タトゥーという航空ショーに、ブリヂストンのゲストとして出席した。もちろん飛行機には乗れなかったけれど、僕はマシンならどんなものでも大好きだから楽しかった。翌日は、ブラックリーのファクトリーで、一般公開のチャリティーイベントがあった。新しい試みで、今回は5000人以上のファンが来てくれた。プラクティス・ピットストップからQ&Aまでいろいろな企画が催された。Q&Aには、僕と、サードドライバーのクリスチャン・クリエン、そして若手ドライバーのマイク・コンウェイが参加した。イベントには、スーパー・アグリ・F1・チームのアンソニー・デビッドソンやジェームス・ロシターも来ていた。会場はすごく盛り上がっていた。それに、何よりチャリティーに7万5000ポンドもの寄付金が集まった。このお金は、オクスフォードのヘレン&ダグラス・ハウス・ホスピタルと、ブラックリーのステッピング・ストーンズ・プレスクールに寄付される。
それから、飛行機でモナコに戻って、翌週末のヨーロッパGPに向けてトレーニングをした。天気は最高。1日に2回、屋外でトレーニングセッションができたから、ニュルブルクリンクには新鮮な気持ちで、体調的にもベストの状態で入ることができた。
サーキットに着いたのは、木曜の午後遅くだ。その前に、サーキットから12km離れたアデナウにある小学校で、子どもたちにホンダ・レーシング・F1・チームの「myearthdream」キャンペーンについて話をした。子どもたちに見せるため、RA107も持ち込んだ。すごくうまくいったと思う。僕ら皆が直面している環境の問題について、子どもたちはいくらか理解してくれたようだった。
さてレースのほうだが、金曜も土曜も、ウエットにはならなかったから、レース中の雨の予報に対し、各チームは手探りでセッティングするしかなかった。おかげで力の格差が縮まったわけだ。グリッドについてスタートの合図を待っている間に雨が降り始めた。スタートの瞬間、ひどくホイールスピンしたせいで、ターン1までに順位を2つ落とし、19位。でもそこから2周は、人生最高の走りができた。僕は誰よりも速く、目の前のマシンを次々と抜いていった。2周目の最後には、5位まで順位を上げていた。アロンソやマッサと競り合うなんて、今シーズン初めてだった。すばらしい気分だった。
でも、それも3周目の初めに突然終わってしまった。ターン1で、水の流れに突っ込んでしまった。そうなったらもうお手上げ。ポイントも狙えたのに、グラベルでレースを終えるのは本当につらかった。
ニュルブルクリンクからモナコに戻ってきて、ここで1週間半を過ごすことができた。翌週のヘレスでのテストに参加しなかったからだ。ルーベンスと僕はテスト作業を分担していて、その時のテストはルーベンスの担当だった。
マシンに乗らない間は、トレーニング三昧。その合間にガールフレンドのフローレンスは僕に料理を教えこもうとした。今のところ僕が作れる食べ物といえば、チーズとブロッコリーのスープだけなのに!
その後はハンガリーGP。そして、3週間の中断期間でまたモナコに戻ってきた。この間は、何も予定を立てないでおく。次のトルコGPに向けて、英国のファクトリーのスタッフがいつ何どき僕を必要とするか分からない。そのときすぐにファクトリーに行けるように、予定は空けているわけだ。
フランスGPで、僕はホンダ・レーシング・F1・チームの今季初ポイントを挙げた。その後だっただけに、英国GPでは10位よりもっと上にいけると感じていた。RA107は、ハイスピードコースのシルバーストーンに合っていると思ったし。でも結局、GPの初めから終わりまで、マシンのハンドリングが思い通りに決まらなかった。
一番大きな問題は、リアエンドが安定性を欠くこと。バンプと風の状態が合わさってこれが引き起こされるのだけれど、そうなるとマシンはものすごく操りづらくなる。なぜそんな風になるのか早く突き止めて、このトラブルを止めなければいけない。
前回のコラムはカナダGPまでだったが、そのあとの数週間は忙しかった。インディに入ったのは、水曜日の夜。アメリカは、重要な市場だからPR活動もたくさんあった。
サーキットでは、自分で出来る限りのことはした。13位で予選を通過し、12位でフィニッシュした。僕の立場から見て、このレースで一番大きな出来事だったのが、ラルフ・シューマッハとデビッド・クルサードと、チームメートのルーベンス・バリチェロが絡んだ第1コーナーでのアクシデントだ。ルーベンスのマシンが僕のマシンに接触して宙に飛ばされた。僕はレースを続けることはできたけれど、着地のときの衝撃で背中を痛めてしまった。
インディからイギリスに飛んでヘレステストに備えた。このテストは、チームにとって大きな意味を持っていた。新しい空力パーツとサスペンションパーツを試すことになっていたからだ。数ヶ月前から製作にかかっていたもので、これが成功するかどうかによって、これからのシーズンが違ってくる。
ヘレスでは、3日間のテストのうち2日間で走る予定だったが、痛めた背中がまだ辛かったから、最終日だけ参加した。新パーツの第一印象は、特に長距離が良かった。マシンの安定性も良くなっていたし、技術ディレクターのジャッキー・エッケラートに聞いたら、新しいパッケージなら長距離で1周0.4秒速くなると言っていた。まさにタイムリーな導入で、チームの皆も自信がついたと思う。
フランスGPの前にも様々なPRの仕事が待っていた。まずはテスト地から英国に直行して、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに参加。このイベントにはF1デビューして以来毎年参加している。とても楽しいイベントだ。今年は、雨が降って皆びしょぬれになってしまったけれど、それでも楽しかった。土曜日には丘を登る自転車競技があって、僕もこのために数ヶ月トレーニングを積んできた。残念なことに天候があまりにひどかったので、安全性を考えて、主催者が競技の方式を変更した。タイムトライアルの予定だったのが、丘を登る1回のレースになったのだ。優勝は、去年のスーパーバイク世界選手権のチャンピオン、トロイ・ベイリス。僕ら残りの選手もかなり競り合ったんだけれど。そして日曜日には、丘の上までRA107を走らせることになっていたんだけれど、これも天気のせいで取りやめになった。翌週にマニクールで使うのと同じシャシーだったから、危険を冒すのはやめようということになったのだ。その代わり、Hondaのスタンドでたくさんの人にサインをした。
翌日は、チームパートナーのためのイベントでシルバーストーンへ。ホンダ・レーシング・F1・チームのサードドライバー兼テストドライバーのクリスチャン・クリエンらも一緒だった。マレーを除く僕らは、ホンダエンジン搭載のリジェCNのプロトタイプなどいろいろな車にお客さんを乗せてサーキットを走った。
そこからやっとモナコに戻り、フランスGPへの準備を始めた。2日ほどトレーニングをして、木曜日の朝、マニクールへ飛んだ。RA107のパフォーマンスはヘレスでのテストで期待した通りで、予選より長距離の方が良かった。グリッドは、トップ10にわずか0.2秒差で12番手。レースも快適で8位に入った。特に最後のスティントではオプションタイヤで、ルノーと同じスピードで走ることができたからうれしかった。
レース後、モナコへ戻り、2日ほどリラックスしてシルバーストーンに向かい、英国GPに臨んだ。このレースへの準備は、ヘレスでのテスト前に違和感があった背中がまた痛み出したせいで、うまく進められなかった。金曜午後のプラクティスセッションには参加せず、土曜日の朝にコックピットに座った。でも、シルバーストーンでマシンの挙動が良くなかったのは、この背中のせいではない。だから次のヨーロッパGPまでにやっておかなければならない仕事が出来たというわけだ。ニュルブルクリンクで、マシンのポテンシャルを発揮できれば、きっとまたポイントを挙げられる。
僕らが転戦している間、ホンダ・レーシング・F1・チームのエンジニアとデザイナーたちは昼も夜もなくRA107を進化させようと働いてきた。その作業は確実に前進している。モナコGPでは、マシンに少しパフォーマンスのアップグレードを施しただけで、空力効果が高まり、ブレーキング時の安定感もグッと増した。おかげでマシンはドライビングに一貫性が出て、ロングランでのスピードが速くなった。
次に大きくアップグレードするのは、フランスGPになる。インディアナポリスのあとにテストする新しいパーツが、マシンを大きくステップアップさせてくれるはずだ。
いまRA107に生じている問題を克服しなければ、来年のマシンのデザインを考え始めるどころではない。それが実現しつつあることを願っている。
ファクトリー以外でも、忙しいひと月だった。スペインGPで12位でフィニッシュしてから、モナコの自宅に戻り、トレーニングばかりして過ごした。F1 用の通常のトレーニング以外に、自転車でのトレーニングをこなした。6月の最後にあるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでのタイムトライアルに備えてのトレーニングだ。短い坂道を一気に駆け上るのは、ものすごくタフなのだけれど、そのつらさがまた快感だ。
その後は、ポールリカールでの1日のテスト。低いダウンフォース用のスペックでRA107を試した。長い距離でのいいセットアップが割り出せ、開発が大きく進んだ。これは朗報だ。それからまたモナコまで車で戻り、トレーナーのマイルス・ジョンソンが着くのを待った。週末は彼とトレーニングだ。
次にモナコGP。このレースですばらしいのは、何といっても、飛行機に乗らないで現地に行けるところだ。でも、モナコに住んでいても、GPの間は自宅では過ごさない。僕のアパートはモナコを出るトンネルの向こうにあるのだけれど、F1パドックまで車で行こうとするとものすごい数の人と渋滞で、ひどく時間がかかってしまう。だから、コロンブス・ホテルに泊まった。親友のデビッド・クルサードがオーナーのホテルだ。
予選はいい出来だった。チームメートのルーベンス・バリチェロも僕も、今年初めてQ3まで進めた。得点圏内も狙えると思ったが、そうはいかなかった。スーパーソフトタイヤの寿命の見積もりが甘かった。それでも、僕らにとっては今季最高のGPだった。
モナコのあと、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードのタイムトライアルに向けてまた少しトレーニングをしてから英国に飛んだ。PRイベントのためではあったけれど、少し早めに英国に入って、グッドウッド・ハウスの目の前の丘を自転車で登るトレーニングをした。元英国のプロ自転車選手サラ・シミントンが一緒に来てくれて、どういうペース配分で丘を上ったらいいかを教えてくれた。
翌日は、シルバーストーンで、2つのテレビ番組の撮影。
それから2日間は英国にいて、GPの週の月曜日にカナダへ飛んだ。モントリオールはすばらしい街だ。いいレストランもあるし、素敵な店もある。いい感じの土地だ。
レースに向けて、黙々とトレーニングに打ち込んだ。毎日トレーニングをし、買い物やいいレストランでの食事でリラックス。そして木曜日、ルーベンスと一緒にクレシェント・ストリート・フェスティバルに出席して、これがGPの週末の幕開けとなった。Hondaの「ASIMO」にも会った。「彼」にとっては初めてのGPだそうだ。
サーキットでは、予選でグリップのなさに苦しみ、15番グリッドとなった。そして結局、ギアセレクションのトラブルでグリッドからスタートできないままレースを終えることになってしまった。1速に入れようとしたんだけれど、反応なし。それでも、ニュートラルから1速に入れてトラブルを解消しようとし続けたのだけれど、どうにもならなかった。ピットレーンからスタートしようとしたときも同じで、もうリタイアするしかなかった。どうしようもなく残念だった。
チームとしては、カナダGPのことをくよくよ考えず、次の週末、米国GPに向かって準備を進めるしかない。その後は、フランスGPだ。そこでは、RA107に新しいパーツが導入されるのだから。
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